誰のせいでもない?
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誰のせいでもない? |
よく、「あなたのせいではない。誰のせいでもない」と口当たりの良い言葉が使われる。そう言われると、ご本人は確かに楽になる。しかし、本来的に、そのご本人に帰することに関してまで、そうなるとするならば問題ではないか。集団無責任体制そのものとも言えるのではないか。
例えば、試験ができなかったとしよう。今の風潮は、怠けて準備を怠っていたとしても、あなたのせいであると咎められることはあまり多くないのではないか。努力していなくても、「努力していたのだよね。残念だったね」と相手を肯定するのはスタートであるといわれる。それなら互いに傷つかなくて済む。いつも、自分たちの外のせいにできる。
子育ての失敗でも同様だ。あなたのせいではない。運が悪かった。子どものせいでもない。親のあなたのせいでもない。悪者にされる対象があるとしたら、社会だというのだろう。しかし、それは誤りだと思う。基本的には、親が責任を持たねばならない案件だ。いい年した大人であれば、親のせいではなくなる。その子ども自身が、その結末に責任を負うべきである。
あなたは何に責任を持つのかと問いたい。自分は一切責任を持たない、社会が責任を持つのだというので良いか。それは大問題ではないかと私は主張したい。

