勝間和代氏からのフォローで喜ぶ

From Evernote:

勝間和代氏からのフォローで喜ぶ

勝間和代氏は、活発にツッイッター活動をしている著名人の一人である。以前から著作は知っているのだが、勝間和代vs. 香山リカ論争は、私にとり関心のあるテーマの一つである。その彼女のプロファイルにフォローミーとすれば、できるだけフォローすると記してあった。初めてダイレクトメッセージを送った他者であった。なんとその一時間足らずの間に、フォローがあって感激した。旬である50万人以上の人からフォローされる有名uな若い女性からフォローされるということは大変嬉しい。とたんに勝間和代ファンになってしまった(笑)。

本当の怒りの対象は大人?

From Evernote:

本当の怒りの対象は大人?

私の職業は教師である。できない、あるいはやらない学生が私の周りには多くて困っている。彼らは下流社会予備軍の可能性が高い。このままの状態が続いて、あなたは本当に良いのかと、学生に対して怒りが起こってくる。それは親に対してもである。いや、本当は私からの大人世代に対する攻撃といったほうが良いかもしれない。
学生からこんな子どもに誰がしたと聞かれれば、私は「それは己自身じゃ」と学生にはいう。しかし、その親が今のままでOKかというと、そう許容するものでもない。しかし、糾弾するつもりもない。下流社会で生き続けるのならば、それもOK,人の生き方はそれぞれだ。ただしあまり社会に他者や惑をかけて欲しくはないとは思う。

大人社会はずるいところがある。大人の考えを具現化した形が子どもの態度としてあらわれる場合も少なくないのではないか。子どもたちはある意味では被害者でもあり、可哀そうと言えばそうだ。しかし、少なくともものごころがついた後ならば、自らの判断で、親を含めた大人の間違っているかもしれない考えを、(一応は十分に咀嚼した上で)自身の頭で考え、適切な判断を下してもらいたいものだ。しかし、世の人は考えることをあまりにも放棄しがちなので、それを期待すること自体が無理なのかもしれない(私自身も人に説教できる立場ではない。自戒を込めて言っているつもりある)。それが私が次世代の人に伝えたい唯一のメッセージである。

では民放はどうか?

From Evernote:

では民放はどうか?

NHKの繰り返しメッセージは、電車の遅延時のJRの車内アナウンスメントでも同じである。情報として価値のないメッセージを、同様に大きな音で何度も繰り返す。おそらく、NHKでもJRでも、緊急時対応のマニュアルに、そうせよと書いてあり、アナウンサーや車掌はその通り言っているだけなのだろう。それを不思議とも思わず、改善や提案をしない彼らの官僚的態度に、少しは利用者の視点に立てと怒りを感じることもしばしば遭遇する。

民放のほうが、はるかに対応が良い。番組もストーリー性がある。メインキャスターのキャラクターにもよるのだが、ひきつけられる内容が多い。確かに視聴者目線で作られている。コマーシャルじたいも、惹きつけられるものが多い。世の中の風潮もわかる。視聴者受けを狙っているので、バラエティ番組のような断片的な知識のアホ番組が多いのは気に食わない。とはいえ、震災後の一般企業の広告自粛での、ピンチヒッターであった日本広告機構のありがたいメッセージにも辟易した。チャンネルのどこを回しても、お説教キャンペーンである。もうやめろ!と言いたかった。CMで洗脳され、自分の時間がマスコミに合わせられのがいやなのである。多分私が短気なだけなのだろうが・・(笑)。私の好みは別としても、お上的な組織や体制では、上意下達のすぎた組織文化を持ってしまうのではないか。

営利を目的とするところは利用者にあまりに媚び過ぎる。そうでない官僚的な組織は、あまりに利用者を見ていなさすぎると感じるのは、決して私だけではないと思う。結論的には、私はNHKは嫌いだけど好きで見ている、民放は好きだけれど嫌いなのであまり見ないということになるのだろう。

NHK好き?

From Evernote:

NHK好き?

昨日は、NHKのクローズアップ現代で、「幸せとは?」のテーマの番組をを見た。
数日前に記したドラマもそうなのだが、家内から、私はNHK好きだねと良く言われる。テレビといえば、基本的にはNHKしかみないからだ。「今日の料理」、「趣味の園芸」、NHKの朝ドラ、ニュースと、定番はやはりNHKなのだ。でも好きなわけではない。どちらかというとNHKは嫌いである。だいいち、番組がつまらない。アナウンサーも、個性を押し殺している(ように思える)。震災発生時などはひどい。同じことを5回も、10回も懲りずに何べんでも繰り返す。全然情報として、それ以上価値のないことを、何度も何度も繰り返すのである。しかし、これはおかしいと思う。一度聞き逃したとしても、もう一度聞きなおせば、通常は十分であろう。

「下流の宴」のNHKドラマ

From Evernote:

「下流の宴」のNHKドラマ

今週の火曜から、NHKで林真理子著の「下流の宴」を放映しだした。世代間の価値観の相違をめぐる考えさせられるドラマである。黒木瞳は、遠藤さんはどのような演技をするのか、若者はどのようなセッティングでドラマとして仕立てているのか関心があったから、期待してみた。しかし、ドラマのできは、あまり良くない。今回は初回なので眠い目をこすりながら見たものの、来週から見るのはやめようと思う。とはいえ、このような番組をドラマ化したNHKに拍手を送りたい。なぜ、民放は手つかずだったか疑問であるが、いずれにせよ、もっと早く放映してもよかったと思うくらいだ。

しかし、本当は原作の本(毎日新聞社刊,1600円)を読んでもらいたい。ドラマだといろいろと脚色してある。数時間で読める程度の本である。本のほうが時間的にも効率が良いと思うし、作者の執筆したココロがわかるというものだ。そんなことを言うと煙たがられることはわかっている。文字文化離れは避けがたい世の風潮なのだろうが。

エバーノート機能を使いこなすこと

From Evernote:

エバーノート機能を使いこなすこと

私はエバーノートを数人の友人に勧め出している。彼らも私の初めの時と同じように何がなんだかわからないという。エバーノートのような何でもメモできる汎用なツールであろうか。これは、表計算ソフトがでたときと似たような感覚ではないかと思う。
かつて、ビジカルクあるいはマルチプラン(今でいうエクセルの元祖)のような強力な万能計算ツールが登場した。表計算ソフトは、今でこそ定番ソフトの一つであるものの、何に使ってよいのかわからないということも当時よく言われたものだった。

話は少し変わるが、私は28年前の今頃にマイクロソフト社と共同で製品開発をしていたことがある。その時に、マルチプランの全機能(当時V1.1)をしゃぶるようにテストし、使い込みをした経験がある。今のエクセルには、そんな私ですら使い切れないほどの機能がある。20年前のエクセル2.2の動くMac SE/30 2Mバイト(単位はギガではない!!)での機能でも私には十分すぎるほどで、それ以降は、ほぼ思考停止をしている

「フリー」のモデル

From Evernote:

「フリー」のモデル

ブログもエバーノートもそうだが、使い込んでくると、提供している開発元に悪いなぁと思い、有料版にアップグレードする人も少なくないだろう。私自身も必要もないソフトウェアを購入して、そのまま使っていないものも今まで限りなくある。だからというわけでもないのだが、有料版に変えても良いかもという気になっている。これこそ、無料から入る「フリー」のビジネスモデルでの戦略(クリス・アンダーソン、日本放送出版協会、2009)なのかもしれない。米国心理学者J.S.アダムスの衡平理論に呼応しているのだろう。

誰でも良いと思えば、それを身近な人にも利用を勧めるだろう。私も他者に勧めているが、無償提供するのは、プロトタイプであるともいえる(永遠に完成はしないと思うが・・)。私たちはモルモットであり、宣伝の道具にもなっている。だから、エバーノート社からしばらくは無料で使わせてもらえることに、それほど罪悪感を感じることもないのではと思う。

ブログを書き続けることの意味

From Evernote:

ブログを書き続けることの意味

今、二週間近くブログを書き続けている。小学生のころの日記付けはいつも三日坊主だった私にしては、快挙である(笑)。
ひとつの理由は、自分の汚い字を見なくて済むことである(笑)。自分の字を見ると、自分自身で勇気がくじけるほど汚いので、嫌気がさしたものだ。ワープロで年賀状をするのと同じ関係であろうか。私自身が綺麗な字を書く人のように思え都合が良い。今後も肩ひじ張らずに、長く書き続けられるブログでありたいと思う。
そのために、書くべきことのネタをしたためておきたい。そのときに手軽であるエバーノートは便利である。今では、メールを書くように、エバーノートをつけられる。メールを書いているのと同じ感覚で、構えずに軽くできるのは嬉しい。
これが通常のパソコンでは、電源オンから数分間待ち、オフィスソフトをたちあげるというのでは構えてしまい、アイデアもその間に萎えてしまう。それはそれで、報告書を書くなど、集中するときはそれで良いだろう。しかし、世の中の人は忙しいので、手軽さは何にも優る。
ものごとをあまりに推敲しすぎる慎重な人だと、この手のものは向かないのではないか。多少漢字の文字変換が間違っても、文章の脈絡が多少かけていても、読みにくくても(私の文章もそうだと思うが、ご容赦を!)、「アウトプット」することが重要なのではないか。

ブログを書き始めてみると、世の中が少し違って見えてくる。ブログを書く人に、私自身も親しみを感じるようになってきた。空き時間があったり、ちょっとしたことを思いついたら、エバーノートに記そうと思うようになったからだ。とにかく私には向いている道具だなと思っている今日この頃だ。

POSTEROUSブログでの細かいところの不満

From Evernote:

POSTEROUSブログでの細かいところの不満

POSTEROUSのブログの日付は日本標準時とは異なるのだろうか。私の書いた日時と、ブログに記されている日はずれている。誤差の程度なので、私は気にならないが、読者で気にする人もいるかもしれない。いずれにせよ、このブログサイトは、倉下忠憲著『EVERNOTE「超」知的生産術』C&R研究所という本に書いてあったお勧めブログで、確かにお手軽に書き込めるものだ。でも、昨日書いたメモの表示は少しおかしい。月の制限を超えたのかな?、私のオペチョンなのか、よくわからないでいる。再度、この記事をプッシュした上で、今後の対応を考えてみよう。

About