庭は誰のため? 優先順位は?

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庭は誰のため? 優先順位は?

観賞用の草花を内庭に置き管理・観賞している人は少なくないだろう。それだけの敷地がない時は、内外兼用の庭となる。外の人に観賞して頂き、賞賛してもらえれば嬉しい。してもらえなくても構わない。他者から評価されるために花をしているわけではないのだから。基本的には、自分のためであり、内向きである。このブログの位置づけと同じである。朝起きてすぐに、きれいな花が見えると嬉しい。そのように、まずは自分たちが気持ち良く暮らせるための空間でありたい。

外よりも内側からの風景を重視したマイガーデン 
(画像が重くならないようにするには、サイズを小さくして圧縮するのが標準でした。これも失敗して学んだことの一つ)
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優先順位つけることは、どこにエネルギーや資源を投入すべきかが明らかになるので重要だ。花の観賞位置の場合は、私たち住人が見て、快感を感じられる位置に置くことが第一優先。その次に、ゲストとして呼ぶ人、次は郵便配達や新聞配達の人たちを含む訪問者、さらに通りがかりのごみ出しに来る途中の人たちの視点といった順序であろうか。

ブログにおいてライフログを記す人も、あえて記すということは、優先順位の高いことをしていると考えられるので多少の関連はあると思う。

「超」整理法の古いところを改善する

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「超」整理法の古いところを改善する

エバーノートはまさに、情報の「超」整理法版とでもいえるだろう。
「超」整理法(中央公論社、1993年刊)の提唱者である野口悠紀雄氏は、私の師匠の一人である(その後に「超「超」整理法 知的能力を飛躍的に拡大させるセオリー」という続編が2008年に講談社より出版されている)。氏提唱の「超」整理法手帳も10数年使用していて、今後も使い続けると思う。一方、世の中には、「超」整理法を批判している人もいるが、私は、明らかに圧倒的な支持者であり、マイナーな手段の部分に若干の改訂を提案したい程度である。それは本を読んだ当時から今日まで違和感を感じていた点、知的生産活動に関する具体的方策の2個所である(今では、師も一部は軌道変更をしていると思うので、指摘するまでもないと信じている)。
第一はメールのタイトルは日付で管理すべきだという主張である。著名人はともかく、自分中心で世の中を動かせる人は多くはない。やはり交信する相手の読みやすいように気を配り、メールのタイトルは決めていく必要がある。複数人数でのプロジェクト等だとなおさらである。第二の点は、検索にはGrepコマンドをつかうのが望ましいというようにも主張されていた。これに関しても、100%完全かどうかはわかないが、システムの検索機能の成熟に任せればよいと考える(決して師匠を批判する意図で書いているわけではないので、誤解のないように)。検索は、Windowsシステムソフトやアプリケーションに任せて、コマンドインターフェースを使うのは控えたほうが、間違いも少ないと言いたいだけである。当時は、検索のための適当なツールがなかった、あるいはあったとしてもソフトウェアの成熟度に大いに問題点があったということもある。コマンドラインによるインターフェースは、今では使える人のみ使えばよいというのが私の主張である。

いずれにせよ、師匠の視点は偉大であった。オピニオンリーダーとして、ユーザーの視点からの使い勝手に関してもその後のソフトウェア開発に大きく影響を与えたものと確信している。エバーノートの開発者にも、また昨日読み終えたゴードンベル他「ライフログのすすめ」ハヤカワ新書,2010刊にも、何らかの影響を与えているのではなかろうか。
野口大先生といえども、神様ではない。その時代の制約をうけながら生きていった人である。私も当然そのような一人である。道具が人々の意識を規定する場合も少なくないこともあり、その時代で利用可能な一般的な道具からの制約を超えるのは意外と難しいし、今後もそうだろうと思っている。

知的生産活動はもはや不要な私

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知的生産活動はもはや不要な私

情報収集から、整理、そしてアウトプットが簡単にできるツールのひとつがエバーノートということである。
私の場合においては、そのような体系だった形での情報収集はもう不要だ。こんなこというと、頑固者と思われるかもしれないが、暇なときでもにネットサーフィンをそんなにしたいとも思わない。調べたいこともそれほどない。毎日の新聞で十分である。
それを考えた末のアウトプットするためのツールとしてならば大賛成である。年を重ねてくると、私のような人は増加してくるのではないか。私が最先端のことを仕事としているわけでもないこともある。唯我独尊すぎるのは問題だが、やはり最終目標は、情報収集ではなく、アウトプットであると思うからだ。だから、私においては、今後もライフログ的な使い方が中心になると思う。

ツィッターもそうなのだが、他者の動向にあまり関知したくない。ライフログは、相手次第ではなく、自分次第である。もちろん、他者で便利な使い方をしていれば、参考にはする(例えば、奥野宣之著「人生は一冊のノートにまとめなさい」、ダイヤモンド社,2010 を昨日は読んだ)。多少不便でも、今の手順はそれほど負担ではないので何とかなると見込んでいる。だから、他者のツイートなどは見ないし、ブログも積極的には見ない。メールでの使い方は、これとは多少異なるかもしれないが、私のエバーノートの使い方に関しては、その程度に限定されるのではないかと思う。情報はテレビと同じで、流されるだけではまずいと思うから。

格好の良い人

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格好の良い人

格好の良い人を見かけることがある。通勤電車に乗る女の人で日本経済新聞を読んでいる人は、仕事に真面目に取組む人のようで格好が良い。ラジオのDJなどでは、普段は英語が得意な様子は全く見せないのに、ゲストを呼んでのインタビューで喋る英語の発音(もちろん内容も)がネイティブなような人は、さらに格好いいなと思う(私に英語のネイティブコンプレックスがあるので、特にそう感じjるのかもしれないが)。その種の恰好の好い人は、若い年代層では、結構いるのだ。仕事は当然でき、対人センスもあり、ITや英語を空気のように使いこなす、そんな女性には憧れてしまいます。
一方、男では、どのような女性にも媚びない「俺は女なんか何とも思っちゃいないよ。それより大事なことがあるのさ」というような中性的な人は格好いいなと思う。スマホをなめているようにしているビジネスマンをよく電車で見かける。あれは、あまり格好良いとは思わない。私は電車で控えめにノートパソコンを出して、手を動かさずに指だけでパチバチと流れるように軽快にうって、降りる駅の直前で何事もなかったようにノートを閉じ、さっそうと席を立つ姿をカッコ良いなと思っている。自分もそうありたいと思い、それらしく真似をしている。スマホ族より少しだけだが先を行っているような優越感に多少浸れるのだ。多分前述した格好の良い女性は、そのようなチマチマした発想をする男性には関心は薄いだろうけれど(笑)

管理者不在

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管理者不在

管理の場にいる人が、現在の状況も正しくつかまず、何もしないならば、管理者とは到底言えない。企業などでは社内外を含めて市場環境下にて、しかるべき人が管理者になるはずである。日本では「経営者」だけでなく、「管理者」に値する人も少ないとの意見もあるが、もしリーダーシップも管理能力も欠如している人が管理者になっているとするならば、組織の存続にとっては致命的であるとともに、その周辺にいる多くの人が迷惑するのだ。決断すべき人がしないと、その部下に相当する人たちは、すべての代替案のケースを想定した保険仕事をしなくてはならなくなる。あとて、意味のない無駄な仕事だったと恨むことになり、その後の自分の仕事に無責任にもなりかねない。

花の「管理」することから考える

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花の「管理」することから考える

花は、放っておくと、乱れてくる。私は初心者ではあるが、美しい状態が維持するためには、水やりや花柄摘みのような毎日の手入れのほかにも、定期的な肥料やりや、害虫駆除、土の入替え、いわ『管理』が大変重要なことを理解するようになった。

私流の『管理』の定義は「良い状態を維持すること」である。現状を適切に把握して、評価する。そのうえで、現状が悪い状態なら、良い状態に変革する。そのことに責任を持つ人が管理者であり、役割である。前任者から引き継いだ時に、もし幸運にも良い状態にあるならば、そのよい状況を維持する。個別の仕事を緻密にできたり、創造的な発想のできるアイデアマンであったりすることは必ずしもないのである。

画像は重い・・・

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画像は重い・・・

画像はネットワークに負担をかけていますね。あと、どんなケイタイの機種までも出てしまうのですね。気をつけなければ・・

画像初登場!

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画像初登場!

今回私の愛でる庭での風景画像で初デビューです。まだ書くネタを後方に控えてはいるものの、いずれはなくなると思う。その時は写真のアップに変えます。このような代替手段があることは、日記を継続きさせるための大きな力となる。初期のブログは、それがそう手軽にできなかったから。

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花を楽しむ

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花を楽しむ

日常生活の断片の中に他者批判のメッセージが少しでもあると、書くほうでも気分が滅入る。
今後はその手の話は小休止するとして、生活目線中心でいこう。

さて、私は今まで男の他者が「花を楽しむ」というと、女々しいなと思っていた(料理も家事でも同じである)。しかし、今は私は花を楽しんでいる。一日中、庭を見ていたいほどだ。というのも、10日くらい前に花屋さんが来て、我が家の庭をリフレッシュしてもらったからだ。やはりプロに任せただけのことはある。今では、毎朝起きて窓のシャッターを開け、庭の花を見る。その後の仕事前の花の手入れが私の今の一番の楽しみである。

他人は私の言うこと為すことに、必ずしも耳を傾けてれない。私は飼っていないものの、愛玩ペットなども人間様以上に生意気になっているのも少なくないのでは(笑)。植物は勝手に移動したりしないし、そのひたむきさが大変好ましい。

花と一見関係の薄いITの共通性は何かと聞かれたならば・・、ITも花と同様で、不具合はほとんどの場合は操作する人の知識不足を中心とするミスに起因している。ITは指示されたことだけをひたすら忠実に実行してくれる信頼度の高い可愛い相棒だからである(今後は、エージェントなどで頼みもしないことまでお勧めしてくるかもしれないが・・・)。歳をとってしまったせいだろうか、

へそ曲がり

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へそ曲がり

エバーノートユーザーは未だ少数派であろうが、若者の利用者は結構多いようだ。似たようなものに、マイクロソフト社のワンノートというのもあるし、今後どれが主流になるかはわからない。私は自分でそれほどこだわらないところは、世の主流のそれでよい。一方、自分のこだわるところに関しては、人と同じことばかりしていたくはない。私はマイクロソフトの剛腕ビジネスはあまり好きではないので、他の選択肢があれば他を使う。実際、ブラウザー、メール、オフィス、OSは、オープンソースソフトウェアのそれを使っている。そのような天邪鬼体質はその一つのあらわれだと思う。だが、やはり相手のある場合はデファクト標準にあわせなくてはいけないのが残念ではある。単にへそ曲がりなだけかも知れないが・・(笑)
 
どうせ書くなら、ほかの人と同じことを書いても意味がないと思っている。といいつつ、私の考えも、テレビや雑誌、本などで他者の意見などが頭の隅に残っていて、それを都合よく忘れ、同じような主張をあたかも自分の意見のようにしていることも多いもしれない。強い信念を持った真のへそ曲がりと比べると、私は軟弱だとは思う。

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