H 外見のような「形」から入って変革する

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H 外見のような「形」から入って変革する

持ち物や周辺、いわば外見はその人のライフスタイルを表わしている場合は多い。どのようなところを重視して、どのようなことには無頓着かという、その人の人生に対する優先順位があらわれるからだ。そういった観点から、やはり外見も重要だなと思うようになっている。但し、本業を疎かにしてまでの行きすぎに関しては、前回も述べたようにいきすぎだと思う。

ブログは、Posterousを使っているくらいなのでこだわらない(Posterousさん!失礼(笑))。乗っている車も、大衆的なフxxXである。パソコンは好きだが、こだわるかというとそうでもない。できれば、アップルのマック系が良いが、どこでも良い。家のことは最大の関心事であるが、ビッグネームのハウスメーカーで建てたかというと、全然そんなことはない。
いずれにせよ、必要な機能を満たすことは必要不可欠だ。そのうえで自分の好みを反映できると望ましい。

洗練された、清潔でおしゃれで健康的な外見を持つ衣・住生活を目指したい。ブランドにこだわることは必ずしも必要ではない、探せば品質はそれ以上の良いものはたくさんあるのではないかというのが私の考えである。そのようなときは、形から入るのも一つの手である。

H 基本機能の衣生活

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H 基本機能の衣生活

食生活と、それに関連する健康生活については書いてきた。次は衣生活である。寒さに耐え、暑さをしのぐという機能のほかに、ファッション性が現代では重視される。言うまでもないが、基本機能が満たされるまでは、見た目の良さどころではないのだと思う。私はあまり服装を気にしないので、連れ合いからセンスが悪い、同じものばかり着ていると怒られる(笑)。私もこのところ子どもの服装や女性の大人可愛い服には、多少は関心を持つようになってきたものの、週末の恒例の買物コースのユXXXで彼女が服装を見るときに私はあまり関心がないのでとなりの本屋に行く。
考えてみれば、ファッションに関心の高い男性は昔もいたし、今でもその数は多い。それは良いのだが、若者にはもっと重要なことがあるだろう、少しは「本業」のほうにも力を入れよ、「優先順位」を考えよ言いたい。大人にも、同じような説教をすると、ボコボコにされて反発をかいそうなので、やめておく(笑)。衣生活には、あまり書くことがないので、これにて終わりです。

H ライフログをつけて「健康」でいよう!

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H ライフログをつけて「健康」でいよう!

今時では個人でコントロールできない自然災害や交通事故などの人災を含めて何が起こっても不思議ではない。しかし、自分の健康は、自分の責任でできるだけ維持したいし、私も注意しているつもりである。定期健康診断でも、人間ドッグでも問題なしで、面白くないほど変化がない。データなしの根拠なしの推測でしかないが、健康不安は同年代の人と比べると私は少ないほうではなかろうか。
  
今書き残していることは、エバーノートのサイクルフォルダーの中に残っている。ここまでは、書いておきたいというものがある。そのお披露目をしきるまで頑張ろうと思う。これがある意味では、人の生きる励みにもつながるのではないか。ライフワークのひとつと位置づけるならば、頭がさびつくことはないだろう。というわけで、ブログを書き続けるという意味が、何となくわかるようになった。
実際に書きだすと、サイクルフォルダーにある待ち原稿のバックログが以前より増加していくから不思議だ。とはいえ、書けるのは物理的にも精神的にも健康なうちである。手が動く、目が見える、パソコンが使えるうちは、少なくとも書き続けるつもりでいる。しかし、画面がつらい。変換した漢字が自分の意図した漢字になっているかを確認するのがつらい。うまく変換されているだろうと勝手に想定し、送信した後になって、後に自分の出したメールログを見て、慌てて修正メールを、そしたらまたミスタイプがある(笑)。このようなことが今までも何度も体験しているが、その頻度が多くなってきたような気がしている。

H 医療技術の進歩による健康維持のこと

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H 医療技術の進歩による健康維持のこと

(続き)昔なら、白内障や緑内障のための処方もなく、失明したのだろう。昨年亡くなられた「知的生産の技術」の提唱者の梅棹忠夫先生のような、ほぼ失明しかけた状態でも知的生産活動を続けていた人もいる。私も何とか目に負担をかけないとか別の代替手段を使ったりで職業人生活を延命することは可能であろう。ただ研究者としての職業人生活が終わってしまう可能性も残されている。
手術をすれば良くなる可能性は十分にあるので、手術をすればよいだけなのだが。実は昨年はじめにも別の個所を手術した。その時も辛かったし、覚悟はしたものだ。今でも、関連してもう一箇所、気になるところもある。考えてみれば、昔はそのような医療技術が進んでいなかったので、覚悟をせざるを得なかった。手術をするということは、昔だったら手術なしには死んでいたのかもしれないのだ。今回とて、同じようなものだ。この日曜に最終回だったテレビドラマの「仁」ではないが、現代の医療技術により、ここまで蘇らせて頂いていて今生きられているということに感謝しなくてはならない。息子や娘に前回も今回もその旨をメールをしたが、無反応なのは残念だ。

H 食生活を管理しているだけでは不十分

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H 食生活を管理しているだけでは不十分

「些細だが幸せな日々」を構成する一つに健康がある。健康であることは当たり前のようではある。目が見え、ものが聞こえるということは、その一例だろう。

食生活コンシャスになると、体型とか多くのことはコントロールできるではないかと思いがちになる。しかし、食生活だけでは、健康は管理できないことを思い知らされた。私の場合は眼の老化である。眼科医に加齢性白内障と診断された。お医者さんはぶっきらぼうに診断を下した。「この病気はどうしようもない、薬により見えなくなくのを遅らすか、手術するかしか選択肢がない」といわれた。大変にわかりやすい説明だ。そうかもしれないが、大変ショックだった。このことは食生活とはあまり関係ないようだ。

たまたま、他の人よりも早く来ただけであるが、遺伝性もなくはないようだが、目の寿命のようなものだ。自分の努力とはどうしようもないことが、この例のように今後は増えていくのであろう。加齢性・・・、無力感を感じる。いくら、スポーツをして体力を蓄えていたとしても、来るものは来るのだ。人生とは、そんなものだろう。

H 非日常での食生活

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H 非日常での食生活

昨日1日は非日常であった。連合いと朝から夜遅くまで日帰りにて山形の寒河江のさくらんぼ狩りのバス旅行に行ってきたのである。その内容を記してもよいのだが、ライフログでのこれまでの流れがあるので、食生活と絡めた話にする。

私たちの日々で食生活の比重は大変大きい。食べるものにより、各自の健康そして体型は大きく影響される。食べるものの取捨選択は、各自にてコントロール可能である。「きょうの料理」のテレビ番組で料理研究家のお話は、大変参考になる。バランスと栄養価を考え、不必要な脂肪、過度の塩分、カロリーなどを考慮する必要があること、食生活のかつての不摂生を学んだ。私たち日本人の身体には和食が好ましいことも知識としてわかった。また、身体に入るものをコントロールすれば、むしばんでいた病気や、蓄えられた不必要な毒素などは、徐々に浄化する。遅すぎることはないということである。料理研究家などの食生活を大切にする人は、日々の生活を大切にしていることも、私たちが見習うべきことのひとつでもある。

本当は関心はないのだが、まわりの人たちの食生活がバス旅行では垣間見られる。バスに乗るやいなや、バッグからおやつを出してパクパク。休憩時間でお土産を買い、ドライブインで間食を買い持ち帰り、またまた車中で食する人は少なくはない。今回は少なかったが、持ちきれないほどの荷物を持ってくる人は、体型を見れば。やっぱりねと納得がいく(笑)内心では軽蔑しているためか。偏見を持っているせいか、そのような人は集合時間に遅れてくることも多いような気さえする。
こういうエンタメのときくらいは、良いよねと買い食いするのはわかる。しかし、私たちは原則的にはしない。非日常でも、旅行の食事はその土地の旬なものを食べたいし、それは大切にしている。昨日もそうだが、入手できない場合は、おにぎりである。旅行の目的や食生活に対する「構え」が根本的に彼らとは異なるのだろう。

H 食べたものを記すこと

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H 食べたものを記すこと

マイブックに書いていることのメインは何と言っても三度の食事である。その頃に何を食べていたか、健康を表す証拠にもなる。食べたものに関しては、日が経つと忘れてしまいがちである。ライフログとしてのメモなしには昨日の晩に何を食べたかを私は思い出せない。晩にメモをつけるが、お昼に何を食べたか忘れることもしばしばなので、早めに記録する。
なんせ30分くらい前に食べたものの、何がテーブルに盛られていたかも忘れていることがある。ごくまれに、空欄になったままの日が少しだけある。歯を磨きに行って、メモを書こうと思ったら忘れていることもある(笑)。妻に今何を食べたっけと、聞くわけにもいかず、必死に思い出す(ボケ防止に良いと、しばしば言われる)。
いずれにせよ、何を食べたかまでエバーノートに書くつもりはないし、そんなことをしたら妻から怒られると思う(笑)

H バナナの話

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H バナナの話 (Evernote)

食べ物のついでに、今日はバナナのお話。
バナナはシュガーポットのあるような甘いものを冷やしてヨーグルトで食べるとおいしいと私は思う。しかし、妻はシュガーポットのあるものは嫌いで、青い固いバナナを食する。私は青いのは、あまり好きではないし、食べたいとは思わない(青いバナナを好んで買う人は少数派のようだが、いないことはないらしい)。好みが逆であるから、2人同時にはバナナを食べない。その青いバナナは何日か立つと、黄色くなり、そのうちシュガーポットができる。しょせん食べるのは、一日一本である。バナナの購入は4-5本で100円相当の安いときに買うだけである。二人暮らしで、消費は一日一人で一本なので、四日でシュガーポットができてしまうと先方は食べなくなるので、私の出番となる。好みが一緒であることを目指すことより、そのように互いが補い合う関係にあると、バランスして良いのではないか。

H 今までも「マイブック」にライフログをつけていた

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H 今までも「マイブック」にライフログをつけていた

前回述べたシステム手帳は予定と実績を記すようになっているものが多い。その一部のログはとってある。何かの時に、見直すことがあるかもしれないと思ってである。これは、まさにライフログだろう。また、マイブック(新潮社)という一年間の日と曜日だけからなる空白の文庫本に、食事内容記載を10年以上つけている(下記写真)。これもまたライフログに相当するだろう。
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その巻末にある利用例として、朝昼晩に食べた物を記す例が出ていたためである。さらに付け加えて、その日のタイトルとして、その日の行動ハイライトを一行書くことにしている(同じことが続いても良いとしている)。気が向くと、起床後に測定した体重と体脂肪を記す。その他、冬や夏のエアコン使用時は、その日の電気の使用メータ量を記すこともある。(続く)。

A システム手帳 書くことが実現のための第一歩

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A システム手帳 書くことが実現のための第一歩

時間管理の方法をシステムノートにて学んできた。
若かりし忙しかった頃は米国発の「モアタイム」という大判の手帳、その後はDIPSノートを長らく使っていた。今は、比較的時間的余裕があるし、項目も少なくて良いので「超」整理手帳中心で、時々必要なA4のワーク用紙の差し込みで間に合っている。
ライフログに相当するのかわからないが、この十数年間は、その常時携帯している「超」整理手帳の目につきやすいページにA4メモとして記し、持ち歩いている。電車やバスの乗車時間や待ち時間などにいつもそれを見て再確認している。これは決して私のオリジナルではない。ソースは忘れたが、いろいろな人のアイデアを統合したものである。書くことは「実現」するための第一歩であると言われるし、私もその意見に賛成である。書くことによって、それに向けた意識をし、行動を少しずつでもしていくと、世の中が少しずつ動きだすのである。結果として、魔法のノートに書かれたことは全て実現するのだ(中途半端なままだと元気がでない。断念することにより、タスクが完了する場合もある。だから正確に言えば、実現でなく終焉である)。ナポレオンヒル他、いろんな成功者が、類似したことを言っている。エバーノートで記すことも、同じようなものといえる。このタイムマネジメント機能をエバーノートにおきかえることは可能ではあるが、私はそこまでせひしたいというほどではない。

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