回復!! メールのあることに感謝

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メールのあることに感謝

厳密ではないが、このブログ記事も、毎日書きだしてから、合計数は100を超えたのではないかと思う。
私は若者と同様にメール大好き人間である。 喋るように文字になる。目を手術した翌日からタイプして回りから怒られている(笑)。このブログも、 miketoy@posterous.comにメールを送るだけで、自動的にフォーマットされるので、大変重宝している。マイクロブログというらしい。修正もWebから簡 単に可能である。共有でツィッターに投稿というメニューもあるが、エバーノートのノート画面のようになり、字も小さいし無機質で見にくい。正しい方法なの かわからないが、初期はWebできちんとレイアウトされていることを確認後、ツィッターボタンを押して、ツィッターにも出せる。メールがあって本当にあり がたい。

(タイトルに偽り?、何かのトラブルで回復していなかった(苦笑))

悲劇のヒロイン「可愛そうな私、ひどいあなた」

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悲劇のヒロイン「可愛そうな私、ひどいあなた」

自分自身が手術だなどというと事態が深刻のようで、悲劇の主人公のように見えてくる。自己存在感を味わえるようで愉快である。これは見方を変えれば「愛されたい」という欲求なのかもしれない。
「こんなに私が大変なのに、なぜあなたは私を愛してくれないの?」という、相手を責める気持ちである。愛してくれない相手への仕返しの意味もあるかもしれない。最後は死んで仕返しをしてやろうと思う気持すらなくはない(笑)。悲劇の主人公。すなわち「可愛そうな私、ひどいあなた」の構図である。

「私がこんな状態になっても、あなたは私を愛してくれない」という状況は、相手を振り返させるためのゲームである。実際、私が入院したりするときに息子たちにそのようにメールをした。「俺は死ぬかもしれない。だから見舞いに来ないか?」というゲームに、相手はのってくれないのである(笑)。

自分が子どもの立場で、親からそうされても、リアルでないので来なかったろうな。子どもたちから伝えられていないメッセージもあったと思う。さらに、一緒に住んでいないと、どんどん情が薄れていくなと感じるひとときだ。せめて、お盆の時くらいは、ご先祖様を偲んだらと5回(5年目である)もメールをしているが、今年も誰もお盆に、そして私の見舞いになぞ来ないだろう。

それはそれでしかたないが、ともかく午後三時半から手術である。ブログを見ている皆さん、早期回復の応援をしてください。女ではないが悲劇のヒロインより(笑)。

人を責めないこと

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人を責めないこと

私の右目の白内障の手術の日は、明日の8月9日である。その後は、しばらくブログもツィッターもお休みする。右目の手術の後に、左目も23日に手術する。プロの医者といえ、人間であるのでごくまれに過ちもあり得る。もし、私の家族などの手術で失敗があったとしたら、私はその医者を激しく責めるだろう。

しかし自分自身の場合は、多分医者を責めたり、また訴訟を起こすなんてことはまずないと思う。そんなことはあっては欲しくはないが、そのような事態がいつおこっても覚悟しているということである。治れば良し、治らなくてもやむなしと思っている。ことこれに関しては、自分の未来に対してそれほど期待がなくなってきたということでもある(笑)。

仕事のあることに感謝

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仕事のあることに感謝

きのうまで仕事で、きょうから夏休みだ。
私たちは他者から必要とされないとつらい(所属感といっても良いだろう)。
私の場合は、子どもたちからは必要とされていないようだ(笑)。
妻からも怪しい(笑)。確実なのは今の職場では、必要とされている。

いや、まてよ。これも??と思う。やや自信がなくなっているが。仕事では私の領分がある。そこで何らかの機能を果たすことを期待されている。そして、それは一般的な他者ではすくには代替できない。だから私の存在意義がある。学生からは単位を出す代償としての役割程度か。チームとして仕事をしていると、私たちの仕事も、穴が開くと瞬間的には大変に困る。しかし、この仕事はなりたい人はいくらでもいるので、1-2年の間では十分に代替は可能なのである。

朝に勤めに行くところがあって、そこでやることがある。特別な雇用不安もない。お給料も、遅配することなくもらっている。定年はまだ先なのではあるが、もうすこしこの仕事のある現実に感謝をしないといけないのだと思う。

世代交代

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世代交代

NHKの「きょうの料理」の番組で、陳さん、柳原さん、きじまさんのの「夏の青年隊まつり」のプログラムを見た。皆、三十代前半の若手であり、初代の料理研究家から比較すると、親の七光りのある孫の世代である。そのような若手が、きちんとやってるではないか。単にこなしているただけでなく、現代的な感覚も加えた上でということである。世代交代だとなと感じる。そのような若い感性は大変重要であると思う。しかし、危なっかしいところはなくはない。しかし、なんとかなるのだ。若い世代を信じて、老兵は今まで培っていた特等席を譲っていこう。

音に敏感

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音に敏感

このところ寝不足であった。問題は昨日の写真の冷蔵庫である。冷蔵庫の断続的なピッピッ音が気になってのことである。自動製氷モードにしていないのに、勝手にオンオフされ、その切換え音が、まるで利かん坊のようにピッピッと鳴り出すのだ。私は音には敏感で、神経質なのであろう。夜中に目を覚ますと、そのあとは眠れないことが多い。メーカーに問い合わせると、子回路の誤動作ではないかということだ。回路のボードを交換するという。ピッピッ音をだけなのに修理代が1万円を超えた。今は音は収まっているが、断続的現象だったので、本当に直っているのかよくわからない。実は二年前も同じ冷蔵庫のファンの異音で眠れなかったので2-3万円かけて修理してもらった。あと5年は平気だろうということで。今回は原因は別なのでしかたないが不満ではある。

この際、省エネの最新機種に変えようかとすら思った。今度もしピッピッ音がなったら、前回の出張費は払うとしても、交換した部品代は返金をしてもらうとメモしてもらっている。使えるものを大切に使う。できるだけゴミにしない心がけは重要なのだが、トータルな視点でみないと世の中り流れを見誤ったり、大損をしたりする。別の室内リフォームて修理した建具についても、部分改修でなく、全部交換すればよかったと後悔しているところがある。

心地よいすっきり収納

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心地よいすっきり収納

ホーム/おしゃれ健康・衣生活/の下のプロジェクトのひとつとして「心地よいすっきり収納」がある。たとえ家の外側がきれいになったとしても、家の中が大変に見苦しいと困る。収納スペースが混乱して通路にあふれ、放置されたままであると元気が出ない。やはり、家の中もすっきり、外もすっきりとしたい。そこで、今年は、すっきり収納をテーマのひとつとして、洗濯機のストッカーと今回のキッチンストッカーなど収納グッズの整備を試みたのである。通信販売のD社でのカタログを見て購入した。
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冷蔵庫左側の食品保存用のパントリーに、そして今回は無駄な空間スペースなく使用できる冷蔵庫右側のキッチンのすきま家具である。後者は在庫切れで数か月待った。宅配業者が来た。梱包を開けて、配置しようとしたら、その家具の角がへこんているのと、おまけに傷までもある(上の写真では見えない)。中国製と書いてあった、通常なら、この程度のキズものならば20-30%は値下げするくらいのではないか。商品問合せ先は、名古屋の得体のしれない会社である。ハッポースチロールや段ボールで梱包されていたので、輸送中のトラブルとは思えない。まともな商品と交換してもらいたいが、これからの苦労を考えると、腰が重い。D社にクレームしても、その先にその会社がある。そのまた先に中国で製造したどこかの会社があるのだ。

返品するために、また梱包をもどして、販売先に連絡しようという気が起こらない。また再度、トラブルは十分に想定されるからだ。日本製品で、この手のことはあまりない。あらためて日本の品質管理の良さを見直す。結論としては、キズには目をつぶり、泣き寝入りすることにした。
6/1のブログでの「不当な請求が人生には時としてある・・」の記事で、ソフトの返品をお願いした。今回は私の根負けである。今後また不快な思いをしないためには、商品は直接、自分の目で見て確かめられる店で買いたいなと思った。

アウトドアしたい

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アウトドアしたい

働き盛りの若いころは時間が不足がちだが、現役を退くとなると時間もてあますという。したがって余暇をどう過ごすかは老後にとっては大変重要なテーマのひとつのようだ。

私は今はガーデニングに関心がある。関連した資格をとりながら、その道を多少は究めようかと講座受講の資料請求をしたところである。庭に自然の要素を取り入れるナチュラルガーデンを好む人もいる。私も、どちらかというと好みである。一方、しょせん小さな庭でできることは限られ、完結したシステムを組むことは無理である。人為的に手を加えた庭がきれいなのはそれとして追及するとしても、人間はそれだけではすまないよなという感じがある。やはり本来の大自然のもとで、その空気を満喫したいと思う。

私も時間があり余るようになったら、親しい友人と身体に負担のない程度の自然の山歩きや散策をし、温泉につかるような旅をしたいと思う。妻はインドア志向なので、ここでの接点はあまりない。一方、私はそのような非日常を時には楽しみたい気持ちがあるのだ。とはいえ、その仲間、気の合う人を探すのは意外と難しい。この歳になると、わがままになるので(前からだったかもしれないが(笑))、気をつかう相手に合わすのは嫌である。自分と波長の合う近所の仲間と近くの野山を散策できれば良いなとは思っている。

思い起こせば、学生の頃に「山歩きの会」のような形で自然と触れ合いを良くしていたのを思い出す。ツィッターのようなところで仲間を探すか、リアルなご近所さんで仲間を探すかが現実的な選択肢であろう。可能であれば、孫などといけたら最高だろうと思う。しかし、それ以前の問題が山積しているので、その夢は叶うことはないだろう。

FaceBookからの友達リクエスト

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FaceBookからの友達リクエスト

このところFacebookなどからお友達リクエストがくるが、受けない。友達を増やしたいとは思っていないのだ。そもそも、見ず知らずの人はお友達ではないだろうといいたい。一方、ツィッターでのフォロワーはお気軽だ。ツィッター「仲間」であるからだ。しかし、あまりに宣伝っぽいのは遠慮したい。そのような場合のフォロワー解除もあっさりとした関係で心地よい。

知り合いとお友達は違う。私の場合でも懐かしいお友達は多くいる。Rプロジェクトで、そのための再会のための同窓会を毎年1件くらいしているのはそれである。しかし、それとて、何度もあるものではなく、もう最後だろうと思ってしている最も重要な親友は、連れ合いである。残りの人生を共にしようとしている。

息子たちとも友達とは違う。やはり子どもであるというだけだ。
小さいころに一緒に生きていたというだけで、今は、情も薄くなってきたのかもしれない。もう深追いはやめている。しかし、いつまでたっても、(こちらがそう思っているだけかもしれないが・・(^_^;))親子は親子なのである。

微妙なのは教え子である。友達リクエストを受けたいものの、教師と学生の距離が全く同じでは威厳が保てないということで考えてしまった。結局、社会人になったら再度リクエストしてくれということにして了解をもらったのである。

旬の花に洋花はかなわない

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旬の花に洋花はかなわない

今年のホームプロジェクトでのおしゃれ健康住生活は、「外構+植栽」であり、それに関しては、今年の前半の一大イベントで、すでに終了している。一昨日に、植栽をお願いした花屋さんに様子を見てもらうようお願いした。今、フェンスにかけられたハンギングバスケットは八重咲きペチュニアが咲いている。下記の写真では、それほどシャープではないのだが、我が家の庭の六つ目(最後)のアングルからのシーンである(Posterousでは、写真の向きが自動調整されてしまうようだ。回転の修正を加えても機能していないようだ)。

四月は桜、梅雨時のアジサイのような旬な草木は実にきれいである。本来比較するものではないのだろうが、人工的な鉢花やハンギングは、それらと比較するとするならば、旬の花と比べると見劣りしてしまう。しかし、一年の残りのほとんどの季節は、花のついていない時期である。すなわち、年に一度数日咲く以外の時はあまり見栄えはしない。旬の花は、敬意を表しながらご近所さんで拝ませていただくことにして、旬ではないが、できるだけ常時、私の家は何らかの花が咲いているというように折り合いをつけたい。

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