エコな生活が普通になってきた時代

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エコな生活が普通になってきた時代

30年位前は情報というと「スパイ」を意味していた。環境とかエコというと「けち」を意味していた(笑)。環境科学や情報科学を専門にしたいなどといったら、ラジカルな煙たいやつと言われた。今は居心地が良い時代になった。ただくっつけただけなのに、今では環境情報学部などというと人気がある。

私は以前より、個人を大切にしない集団同調圧力や、個人が主張すること生意気だとする風潮に、ずっと息苦しさを感じていた。個人でできるパソコンの出現、インターネット的な外部との開かれたゆるいネットワークはの出現は、私を生き返らせてというか、会社員生活を延命させてくれた。
新幹線で良く見かける職場の上司と隣同士の席のような息の詰まる関係はまっぴら御免だ(笑)。少なくとも私はメールのような距離が、近すぎないほうがよい。そのコンテクストで仕事ができたこと、世の流れがそれに対応してきたことは幸運といわざるを得ない。古いタイプの上司が力を持っていると不運である。

夏涼しく冬暖かい家に取り組む住宅産業

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夏涼しく冬暖かい家に取り組む住宅産業

ホームプロジェクトのサブタスクであるおしゃれ健康・衣生活のひとつに「定期点検」がある。具体的には家のメンテナンスである。2年点検の時は、担当員は「私はこんなに肥っているので、床下に入れないし、道具も持ってこなかった」と言われた。今年は家が五年目の定期点検の時であり、今度はそのようなことのないようにリクエストしておいた。屋根裏と、床下に入って、家の状態を見ることを含め、チェックをしてもらうことにしていた。結論的には、こんなものだということで、点検が終わった。

住宅産業にとっても、「夏涼しく冬暖かい」家というテーマは大きな課題である。それがリーズナブルな価格で実現できたとしたら、確実に売れるだろう。高気密高断熱の家は決定打のように見える。

しかし、外気が暑いのに、中だけが涼しいということはあり得るのだろうか。やはり暑いときはエアコンをして、その冷房効果が比較的長く保たれるというような感じではないか。
自然な涼風は流れないのだろうか。外が無風状態において、風が流れるのだろうか。我社はそれであるとうたうところもあるのだが、なんとなくしっくりこないのだ。
効果は多少あるにせよ、騒ぐほどではないのではないかというのが、中気密中断熱で建ててしまった私の負け惜しみ的(笑)な結論だ。しかし、もしもう一度家を建てる機会があったならば、ぜひ探求したいテーマで、世代を超えざるをえない。息子が家を建て替える時は、それを実現してほしいというのが私の願いでもある。

太陽光発電は契約は既に終えた。本来の目的以外にも、屋根からの輻射熱を軽減する効果があるという。だから、それも暑くない家としての一環としている。しかし、副次効果でしかないし、そんなに期待はしていないが、設置の10月ころに再度記すことになると思う。

夏涼しく冬暖かい部屋への研究

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夏涼しく冬暖かい部屋への研究

ホーム/おしゃれ健康・衣生活の中で、最もチャレンジングなのが、「夏涼しく冬暖かい部屋への研究」である。このところ連日、2階は36度超えなので、昼間の2階では全く仕事にならない。しかし、我家はリビングキッチンが2階なので、食事時は行かざるを得ない。決死の覚悟でファイアーマンは火だるまのその場に向かうのである・・。大げさすぎか(笑)。

わざわざ、夏の暑い2階にいって、そこで大型エアコンをフル回転する。これは、あまりに非合理的ではないか(冬も同様である。えてして、わざわざ寒い1階の部屋に行って暖房をブンまわす)。短時間しかその場に滞在しないにもかかわらず、広い空間を一様に冷暖房するとするならば、合理主義者の私としてには気に食わない。暑い部屋は暑いのだ。寒い部屋は寒いのが自然なのではないかと思う。議論のあるところかも知れないが、私は「局所暖房」のほうが理にかなっているのではないかと思う。

天気予報での温度は、コントロールされた日陰環境下での温度である。夏の2階の室内では、それより4-5度は高い(室内外温度計で日常的に測定器で測っている)。ノマド生活のように移動して生活が済むならば、そのほうが望ましいのではないか。というわけで、昼間は基本的には比較的涼しい一階で過ごし、必要最小時だけ猛暑空間に向かうのだ。一階は30度なので、扇風機を回していれば何とかなる。もちろん、エアコンなしでもである(しかし、このところ30度設定でエアコンをかけている)。夕食後くらいはということで、その後はエアコンをかける。夜は一階で寝るのを試みたが、別の問題もあり、二階で過ごす。熱帯夜が続いているので、設定温度は30度の省エネモードでエアコンを一晩中まわすのが暫定案である。

外気をうまく、とりこめると涼しく過ごせるのだが。何か良い知恵がどこかにあるはずなのだが。数年、何かよい方法がないか考えているが良い案が思いつかない。

10年たつ愛車を乗りつぶす

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10年たつ愛車を乗りつぶす

ホーム/「おしゃれ健康・衣生活」を構成するひとつに「 良好な状態の車の手入れ」がある。10年を超えようとしているので、私と同様に外見はくたびれてきたが(笑)、走行は全く問題ない。車は通常は週末しか乗らないので、走行距離は10年で30,000キロ強にしか満たない。今は、目の回復過程なので一ヶ月近くは運転できない。定期点検は10月で、メンテナンスはしている方だと思う。トラブルのあった冷蔵庫のような白物家電と比べると、定期点検や部品交換をこまめにしているから長持ちするのではないか。かすり傷の存在も思い出のひとつだが、いろいろと苦労をともにしてくれた。秋の点検時の節目には、この10年の節目であり、労をねぎらい、徹底的にきれいにしたいと思っている。

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残りの人生で、次の車も10年乗るとして、最後の車の乗り換えも選択肢に入れていた。そのときは電気自動車は有力な候補かなとも思っていた。その後は、「カーシェア」が手軽に利用できる時代になっていたら良いなと思っている。一方、この車をとことん乗りつぶし、この車の卒業とともに運転免許も返上をしようかという気にも傾きかけてきている。

役立っている感じ

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役立っている感じ

自治会役員をしている立場のせいか、皆さんから頼られる。今回は、非日常のマンション建設反対の地区代表者としての活動である。私でお役にたてられるとしたら、それは幸だ。この種のトラブルは、だいたい手続き上の問題が多い。事前にコミュニケーションをとっていなかったとかの類である。推進派は、事前に住民に意見を聴くと、プロジェクトの起動修正を余儀なくされることがあるので、できるだけしたくない。そこで、コミュニケーションをとらず、もうあとがないということで、ごり押しで押し切るのが、常套手段である。しかし、それは得策とは限らない。回りの人の意見も取り入れたほうが長期的観点からすると良いことも多いはずである。地域エゴの側面はないこともないのだが、やはり互いに気持ちよく共生して生きて暮らしていきたい。独眼流正宗風の病み上がりの中で、私としてやるべきことはやった。あとは先方での検討結果を待つのみだ(結果を、この場で報告することはないと思う)。

買う必要のない切り花

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買う必要のない切り花

前花壇にあふれんばかりのペチュニアが咲いている。切り花をしても毎日咲いて健気である。収穫の一部を自宅の部屋に飾る自給自足的な、心豊かな生活だ。かつては購入していたものを内製にてすますこと、もし余分にかなりあるならば売りにだすとか、農業・漁業などの原点はこれと一部共通するところもあるかなと思う。
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新たな有機肥料を与えた成果だと思う。一方、野生味のある雑草は特別な肥料を与えないでも、水も天からの恵みだけでしっかりと生きていくのである。私たち人間も見習わなくてはならない。以前にも述べたがゴキブリ的な生存力の強さを。私自身はDNAに刻まれていることをよびおこすことはできると思うので何とかなる。しかし、若い世代に関しては、とても心配だ。

我家流おもてなしスタイル模索

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我家流おもてなしスタイル模索

ホーム/おしゃれ健康・衣生活の中で「我家流おもてなしスタイル模索」がある。その一つとして、お盆の時の兄妹会をする。兄妹会といっているくらいで、私は次男であり、親の家をついている、墓の掃除などメンテナンスは事前にしている。今年はご先祖様の墓掃除のときに、はじめて我家の庭のペチュニアを切り花にして持って行った。あまり長持ちはしないかもしれないが、買って持って行くよりは良いのではないかと思ってそうした。Miketoy家は無宗派なので、お盆後の来週にすることにしている。我家流おもてなしスタイル模索は、ぼちほぢ確立してきつつある感じである。

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ツィッターの短いメッセージ

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ツィッターの短いメッセージ

ちょっとしたメモをブログとして記す。これはツィッターの140文字でよい。考えてみれば、昔私の使っていたS社のスカイメールは192文字まで無料だった。その頃は、その無料の文字以内でメッセージを書くようにしていた。タイトルのないのも同じだった。ツィッターも、それと同じ感覚と思えば書けなくはない。
ところで、ツィッターで字不足の場合に、続きツィッターを連続して書き込む人がいる。私は少し見苦しいのではと思う。好みの問題かもしれないが、私は一件にひとつメッセージだけにしたい。

1000文字で要領よくかけない人は、10,000文字あったって、100,000文字でも同様ではないか。頭の中がぐしゃぐしゃになっていて良く整理されていないだけだ(笑)。同じように、100文字でコンパクトに表現することもできなくてはいけないと思う。極端に言うならば、10文字のタイトルだけでも良いはずである。一言でいえることも必要だ。・・・というのが私の主張である(が私のオリジナルな発想ではない。野口悠紀雄氏が「「超」勉強法」で言っていることの焼き直しである)

ブログでお小遣い稼ぎ

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ブログでお小遣い稼ぎ

ツィッターにあまり書き込みをしなくなったら、フォロワーは100近くに減少してきた。
たいしたことをかいていないし、他者に受けようと書いていない。だから、当然といえば当然で、どうぞご勝手にと居直るのだが。

ブログを書き、グーグルのアドセンスに登録すると、お小遣いを稼げるという。メジャーなブログを書いている人は、それがモチベーションになっている人も少なくないのだろう。Posterousでもブログ記事の右側のスペースがあいているから、ブログの内容に即した広告があっても良いと思う。例えば、私の場合はエバーノートのことを書いたときには関連した広告がでたとしても違和感はない。
スポンサー受けをめざしてやっているわけでないから別にかまわないのだが。私も勉強のために試みようとした。英語版での試みはあるようだが、Posterousはサポートされていないようだ。私としては、Posterousバージョンアップで、それができるようになるまで待とうと思っている。
ブログを引っ越ししてもよいのだが、今のブログ更新は、わたしにとってはたいした負担にならないので、当面はシンプルなPosterousのままで十分である(こういうことを書くと、アドセンスのしくみからPosterousがスポンサーになるのだろう(笑))。もうひとつの選択肢は、グーグルのbBblogにのりかえるかだけれど。

ライフログは財産である

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ライフログは財産である

ご近所さんで記憶をなくされた方がいる。私もいずれ、そうならないとはいえない。ブログ記事は蓄積されると、情報としての財産になる。今まで、100余りの記事を書いてきたが、これは本当にたいしたものだ。自分自身の考えが整理されるからである。まさに、これを読むとライフログだ。私の行動原理を書き出している。たとえ私が記憶を失ったとしても、このブログを読んで、それ以降、似たような行動をしていれば、誰も私が記憶をなくしたということは悟られないだろう(笑)。

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