Oct 8
昨日は勤務先での親御さんを対象とした就職説明会及び個別相談会であった。
入試関連だけでなく、在学生の就職支援をすることは私たちにとって重要な責務の一つである。お世話係であるが、相談に来る親の状況は、どこもだいたい似たようなものである。家で全く大学のことを話さないし、何をいっても本人は耳を貸さないので、全く理解できないという(それは私も同じですよと言いたい(笑))。
若い先生は年代の近い学生のあしらいは得意だが、学生の親との会話をできれば避けたいと思うようだ。私は逆で、若い社会経験の少ない先生方と比して、私の独断場である。赤子の手をひねるように容易なことで、かつ相手にも満足してもらっていると思う。なぜならば、「この子を何とかしたい」という目標が一致しているからである。このような状況ならば、カウンセリングやコーチングは可能である。
Oct 3
同窓会で懐かしい顔に会った。仕事でこの間に出くわしてランチした人も少なからずいたが、本当に35年ぶりの人もいた。若々しい風貌の人もいたし、ええっオジイサン?という人もいた。今まで何度かお誘いがあったけれど行けなかった。今度は何とかしていこうと幹事に立候補したのだ。とはいえ、今後はこの同窓での会に、私はまず行くことはないと思う。私自身としては、ひと区切りがついた。一緒にゴルフをとかいうことを言っていた人もいたが、仲良しクラブはもっと身近な人としたい。会社の縁はもう良いではないかという感じである。
Oct 2
今年の一大プロジェクトであった会社の35周年同窓会が終わり、参加した皆さんにも喜んでもらい、安堵している。幹事を立候補して、いろいろと連絡係をした。IT関連の会社のためもあるが、全員メールで連絡がつくのはラッキーだった。
行方不明者に往復葉書も出した。また、宴を予定していた食事所は、Eメールを使わないでくれとファックスで来る。プロジェクターは明るすぎて映らないと、数か月後に連絡が来る。私は頭にきた。通常なら、キャンセルするところだ。しかし、その段階でその場でということは仲間内に連絡していたし、またゼロベースで別のところを探し直すのはリスクがあった。そのために私の私の大切にしていた「懐かしの76年ビデオ上映」計画は断念した。残念ではあるが最後の機会であったから、ホスト役に徹した。ちょうどご案内を出そうと思っていた頃に、エッセイストの岸本葉子さんの35周年の同窓会をしたというエッセイ があり、隠れ岸本葉子さんファンの私としては偶然のタイミングに感激だった。
コンピュータの大きな潮流の流れの関係の仕事ができたのは、私自身の臭覚の問題もあったかもしれないけれど、それをさせてくれた大きな「会社」に感謝である。その流れの一つの大型コンピュータからパソコンへのシフトの仕事の25年同窓会を一昨年した。タイトな企業内ネットワークから、オープンなインターネットへの流れの仕事は、昨年にその15年同窓会をした。しかし、何といっても私としては学生時代を終え「会社に入った」ということは生涯で最大のターニングポイントであり、その仲間と育っていったことは私の出発点であったことだろう。