話す相手がいること

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話す相手がいること

私の場合、先週あった理不尽な申請却下はかなりなストレスであった。その翌日に、別件で市にクレームを言ったら少し軽減した。授業で熱弁を奮ったら、さらに軽くなった(笑)。重い気分は、話すことによって、気が紛れ症状が軽くなる場合は少なくなさそうだ。仕事をしていると、会話をすることは少なくないだろうし、家族がいて、話し合う関係を持っていれば、その代わりになりうる場合もあるかもしれない。女性は相手に話を聞いてもらうだけで救われるのだと良く言われる。一方、男はそうでもない人が多いのではないか。私も妻に聴いてもらって慰められるということはないと思う。自分でしばらく抱え込んで、別のところで発散し解消するのが私のパターンのような気がする。

いずれにせよ、話す相手がいなくて自分自身でウジウジしていると、ストレスはなかなか解消しないのかもしれない。独居老人になると、お年寄りも元気なうちはよいが、ストレスに直面した時に、適切に対処できる、すなわち聞いてくれる人が身近にいないと、やっていけない場合もある。人間って弱いものなのだねということを象徴しているのだろう。

演奏会

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演奏会

芸術の秋だからというわけだからでもないのだが、先週末にはピアノ演奏会に行ってきた。妻も演奏者のうちの一人であるからだ。この手のものは私一人で行くことはないだろう。だから良いきっかけにはなる。演奏を聴き心豊かになる他にも、その場で学ぶことは多い。このようなことに挑戦する若い人たちは素晴らしいと思う。一方、私の年代でも頑張って演奏している人もいた。私個人は楽器演奏で楽しみたいかという気持ちも少しはある反面、(私を投影してみたが)そのような演奏をしている自分でありたいかというとそれほどでもない。私のワクワクするようなことは、おそらく他にあるのだろう。それを探して、定年後の仕事として参画していきたいものだ。

少し次元違う話としてあるのは、ケイタイカメラでその場の演奏を録音したものの、音質も画質も悪かったこと。MDでの音はさすがに良くとれている。やはり専用機でないとだめだなと思う反面、スマホだったら良くとれたかもとか思う。このような発想だから私のワクワク感は、パーソナル情報機器で遊ぶことと関連しているかもしれないなと思っている。

良い季節は虫も多い

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良い季節は虫も多い

自分の庭を良い空間にして、さらに公共の場所でも良い空間ができれば望ましいということを述べた。 人に心地よい季節は、花にとっても気持ちよいが、害虫にとっても気持ちよい。この数日にカマキリやバッタが花のそばにいるのをみかけた。人間様の都合の良いよいものだけ生き残り、不快なものだけ取り除くわけにはなかないいかない。

私は以前は、バッタは可愛いものだと思っていたし、善人ぶって「ぼくらはみんな生きている♪」と鼻歌をうたいながら、毛虫にしても、ゴキブリでもシロアリでも生きているのだから別のところに持って行って生かせてやったりしていたものだ。今は、そうではない。花を慈しむと、妨害する生物に対して敵対的になる。残酷なようだが、憎しみを込めてつぶしてしまう。少なくとも私の愛でる庭の近くの空間にはいないで欲しい。 ある立場をとるということは、そのようなことではないかと思う。

わが家の庭

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わが家の庭

毎日、庭の花を見ていると、微妙な変化に気づく。葉が元気のないこと、花の枯れる予兆でもある。水不足、栄養不足、愛情不足なのであろうか。毎日の日々の変化を見ないと、大きな変化はわかるとしても、小さな予兆まではわからない。一緒に日々暮らしていることの重要性だろう。人が元気がない場合も同じかもしれないので、その心がけをしていきたいものだ。このところ寒暖の差が大きくなってきたせいか、花色が美しくなってきた。気候の厳しい辛いときは、花も辛いだろうが、逆に気候が快適になるならば花も心地よく過ごせるのであろう。つらい季節を何とか主とともに乗り越え、共に生きていると感じる。

我が家の庭はこの5,6月に写真をアップロードした時期と今では様変わりだ。そのころの面影は少なくなり、レイアウトなど一部の模様替えをした。草花は永遠に咲き続けることはない。三ヶ月たって、跡形もなくなり枯れてしまった花や草木もある。その空白地帯に新たな苗を購入したりしているが、影響は微々たるものだ。一言でいうと、どんどんと見栄えはしなくなってきているが、わずかながら花の彩りはある。以前の写真と比べると、しっとりと我が家に落ち着いてきて確実に大きくなっているのは見て取れる。
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公共の庭

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公共の庭

もし皆さんの近くの公園に、ある日突然に、下のような庭園ができていたらどう思うだろうか。
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先々週末に「緑の講習会」というのに参加した。2時間くらい数人の土作業(準備作業は事前に必要)で、上の写真のような公園が出現するので大変に魅力的なのではないか。このような英国風庭園が増えていったら、街は確実に気持ちの良い空間に近づいていく。それを進めたいと思い、私も今少し動き出しているところだ。

立ち直り

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立ち直り

長らく望んでいたことが叶えられないとなると、打たれ強い私といえども落胆は大きい。一昨日のようなことは、たとえ異議を申し立てても決定事項だからということで事態の進展はない。やはり私に隙があったのだと思う。今まで何度かあった失敗も、心当たりは、その類のツメの甘さである。

しかし、昨日の午前中は審査結果を知らされた一昨日よりも落ち込んだ。自分の研究を、そして自分自身を否定されたようで、強いストレスであり気分が悪かった。審査者に対して言いたい愚痴はたくさんあるのだが、一部の同僚に対する悪口を言っても何ら生産的なことはないので、やめておく。ただ、ヒトをサポートして、共同体に貢献しようというコーチングの対極にある構えでないかと思う。私は何としても前に進まなくては、同じネクラ族になってしまう。

ツメの甘さは私の弱点ではあるのだが、それを直そうとすると、私の持つ強みの大局観が殺がれる。両立は不可能ではないのかもしれないが、人間の能力には限りがある。細かいところに目がいきすぎると、大きな流れを見失いがちだ。大きな流ればかりみていると、今回のような細かな落とし穴にまで気づかないというようなことだ。

もう出された結果を受け入れるしかない。受け入れ先を含めて多くの他者を巻き込んでしまったので、それらの方々に再度の謝罪をする。今しばらく私も、もやもやするが立ち直らなくてはならない。このあたりの頭と心の切り替えが今までは、できてきたので現在の私がある。これからもできることと信じたい。

申請却下

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サバティカル

来年度から研究休暇で一年間のサバティカル申請が却下されたことを知らされた。実は、昨年度も却下されている。昨年の却下理由の二つのうち一つがクリアされていないというのだ。昨年度は証拠書類の書類不備、私は先方よりの受け入れ承諾メールを添付したのだかハンコが押されていないということが問題点とのことだった。私の反論は、印鑑が必要などと銘記されていないではないかということだったが、力を所持している古い人の価値観に抵抗はできなかった。メールでは証拠書類に足りないという主張に不満ではあったが、今は時代の変わり目なのでしかたないと諦めた。

問題点はその一つだけだと当時の上司からは言われていたので一年待った。その上司は退職して、別の大学に行ってしまった。今回却下されたのは、それ以外にも却下理由があったのだという。その時も同席していた別の上司は「その時のことは記憶にないが、その理由を申請者に知らされていない?としたら問題だ。しかし審査結果は変えられない」という。その理由とは、そのテーマと実績で著書が書けるはずがないというのだ。その情報がわかっていれば、別の申請スタイルでもって作文をしたのにと。必要な情報を秘密主義で小出しでしか知らせない、後出しじゃんけんでの仕事の進め方に憤りを感じる。

どうも私はこのあたりのおいしい話には縁が薄いようだ。さしさわりのないところを披露すると、会社員時代のときも、次は私の長期海外出張の順番というときに、会社の景気が悪くなり制度がなくなった。振り返ってみると、今までもこのようなことが何度もあった。外部環境も、また運もあるのだが、関連する上司からの評価を得られないで、私の行く先を遮られる。それを含めて、残念ながら私の人生そのものなのであろう。

Evernote:世界標準の採用について

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世界標準の採用について

「ライフノート」のソフトウェアはそれで大変に素晴らしい。一方、最近になってエバーノートのバージョンが1.5から3.2にバージョンアップ可能になった。今まではオフラインで使えないのは致命的と思っていたが、このバージョンアップで改善された。ユーザーインターフェースも改善され、使い勝手がよくなった。使用者のレビューをみてみると、何がなんだかわからずに消したいものの消しかたがわからないという酷評の人と、絶賛する人で二極化である。私は昨日まで、「ライフノート」を使おうと固く決めていたのだが心変わりした。やはりワールドワイド標準のエバーノートのほうが良いかもと思ってきた。うれしい悩みだがどちらを使うかを決めておかないと、あとあとになってファイルの一元管理の上でトラブルになりうる。このように、たとえ優れたソフトウェアである「ライフノート」も、ガラパゴス的な製品と評され、淘汰されていくのかもしれない。

「ライフノート」を使ってのブログ

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「ライフノート」を使ってのブログ

今使っているNECのlifetouch noteというハードウェアのアプリケーションの一つとして「ライフノート」というソフトウェアがのっている。数日間、このライフノートを使っているが、使い勝手に関しては満足できるレベルにある。字もきれいな見やすい文字で大きいし、気持ちよい。かつてNECでモバイルギアという名機があったが、その流れを汲んでいる片鱗がみられる。大きさもコンパクトでミニバッグにも入るし、ネットのない単体でも使用できるのは重宝する。キーボードがへなへなへななのと、右シフトキーがないのは誤入力を誘発するので不満はなくはないのだが、値段を考えると十分すぎるだろう。
アンドロイド版のエバーノート1.5では、あまりに制限が多すぎた。ハードウェアとしては東芝のAZ/05Mを使っていたが、それはそれでシャープなハードな男のギアというイメージで、決して悪くはない。一方、こちらのNECは形も丸いしソフトな感じなので女性にも受けやすいかもしれない。パソコン的なエバーノートの使い勝手を期待していたが、初期導入時は同じバージョン1.5だった。「ライフノート」はそのレベルと比べるとはるかに快適だ。このところエバーノートマークのないプログに関しては、ライフノートから直接書き出したものである。

目標不一致のままでは苦手

昨日書いたような状況であると、彼らの親と私とは目標の一致ができる。一方、学生を扱うのは私は苦手である。学生たちとの目標の一致が容易でないのである。極端に言うとするならば,彼らは単位がほしいだけである。こちらは、教師なので社会で通用するような知力や常識力をつけさせたい。互いの目標がすれ違っているまま、授業という同じ空間にいる。こちらの側に引き寄せることは大変困難な状況ではあるが、逆に目標を「単位を出す」ということに切り替えることにより、一致することになれば楽ではあるのだが。あるいは、第三の選択肢としての他の方法があるのだろうか。いろいろと探したり試みてはいるのだが、いずれも条件が大幅に異なるようで、今までの中では決定打が見いだせていない。

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