Dec 6
太陽光発電の投資は、その投資金額が何年かで徐々に戻ってくる勘定だ。現在価値だなどと複雑な財務関数をつかうまでもなく、銀行な どへの投資より、ずっと手堅い投資であることは立証される。 今夏に参加した生涯生活設計セミナーでも経済計画は大きな柱の一つであった。そこでも、貯蓄のポートフォリオは通常、予備資金、目的資金、余 裕資金の三種類に分けるとのことだ。予備資金は必要になった場合すぐ使用可能なお金、将来的に使う目的が予定されているお金が目的資金、当面 使う予定のないお金が余裕資金である。余裕資金は金融機関にとっての格好のターゲットなのではないか。早い話がゼロになっても良い、責任を負 わないで済むお金だ。貯蓄商品は三つの選択基準があると言われる。安全性と流動性、収益性である。収益性を求めて余裕資金を使うのなら、これ はギャンブルだ。
これとは別に、私はある銀行のセミナーに参加したことがある。そこではキャッシュフローマネジメントのために確認しておきたいリスクには四つ あると言っていた。それは、長生きのリスク、インフレのリスク、資産の偏りリスク、相続対策を講じていないリスクだと言う。しかし、この中に 為替変動のリスクは書かれていないし、その時も言っていなかった。中立と思われるファイナンシャルプランナーに相談したこともある。まともな ことは言わない。所詮、銀行や証券会社の手先だと私は思った。
Dec 4
太陽光発電している人は、よく我が家の発電量という類のブログを書いているように思う。一般人は、他人の家の発電量などは気にする はずはないのだが、導入を検討している家などでは類似の環境ならば関心のあることだろう。自分と類似している環境とは、どの地域に住んでい て、年代はどのくらいかということだ。それを参考に自分のライフスタイルとの差異を加味して、自分に適用した場合の推測はつくと思う。このよ うな発電量の類のことをプログに書く分には、まわりの関係する他者にとばっちりがいくことはないだろう。家族構成とか考え方、財布の中身とい うような、あまりプライバシーっぽい情報でもないので、構えることなく書ける。
さて、太陽光発電を始めてから、我家の月々の電気代の構造は、太陽光発電量に伴う売電分という項目が新たに付け加わった(11月分は約 14000円)。買電で購入して支払う分は前年比で約2000円減少した。各家庭でのライフスタイルにより、このような電気の使用減少量に関 する金額は大きく異なるだろう。我が家に関しては、以前からオール電化のプランである(区分された時間帯別に、朝晩、昼、深夜の3つの料金体 系で課金される)。深夜時間帯の湯あげなどに関して、太陽光は関係ないので使用量に変化はない。昼時間帯の使用量に関しては、ほぼゼロとなる はずだった。しかし、雨の日は発電しないので、やはり電気を買わなくてはいけない。とはいえ、昼時間帯使用量は半分以下に減少した。朝晩時間 帯は、朝と晩は特性が異なるので少し複雑だ。天気の良い朝は発電するので、朝の電気使用量は太陽光発電でほぼ賄える。夕方の4時以降は今の時 期では全く発電しないので、晩時間帯は100%購入となる。この時間帯は夕食の準備やテレビを見たり、電気をつけたり、冷暖房で、一日で電気 消費量は最も多い時間だろう。このような利用形態とすると、月に約2000円減というのは合点がいく数字である。
それらを前提に、損益分岐点の計算をする。電子レンジやプリンター電気食い虫に関する使用時間はある。しかし、頻度も多くなく、瞬間的な利用が 多いとして、それらを無視したモデルをつくる。マクロにつかむのが目的なので、できるだけ単純化してある。朝晩の電気使用料の支払い減少分は創 電分の2000円に、先の売電分約14000円で計16000円の価値となる。5月と11月では差異も結構あるが、単純に年 12ヶ月で12倍として、一年分で約20万円の価値である。投資額が200万円で機器故障の保証期間内でそれが壊れないとすると、割り算をして約10年 で投資回収となる。
Dec 3
太陽光発電量を予測できないか、そのためのモデルをたてている。日射量は太陽光発電量との相関が高いことは十分に予想される。そこで、前回示した 気象庁の 地域別データを参考にし、それと実際の発電量の関係の散布図を書く。すると、関係は少なからずありそうだとわかる。そして、さらに近似する回帰式 を求め る。
私は本業にて、そのようなデータを扱う授業もしているので役立ちそうな事例だ。来年の授業で部分的に試みたいとも思っている。また、温 度との関係もありそうなのでそれまで含めることもデータがあるので容易である。すると、重回帰式となり、予測の精度はさらに高まる。
いくつかの前提となるチェックポイントの知識をクリアできれば、普通の理解力のある人ならば、こうして太陽光発電のしくみを理解できる と思う。 しかし、学習者の当事者意識がないと、いくらモデルをシンプルにしても、また基本的な仕組みをいくら説明したとしても理解してもらえないだろ うなとも思 う。
いずれにせよ、統計というのは良くわからない。個別の日によって、日射量が0なのに16kw発電している日もあるし、やはり0に近い日 もある。 逆に4時間の日射量があるにもかかわらず、10kw以下の発電量の日もある。マクロな傾向を知るためのモデルなので、個別の事情は統計学では 誤差の範囲と して許容、あるいは特異点として除外することもある。とはいえ、大体(例えば95%以上)は、その範囲にある。5%未満に関しては、ごめんね の世界であ る。自然界の因果関係が十分に人類の知識として蓄えられていないからと考えられるからだ。
人間も、若い人とか、男だとかで、地域とかの属性にてくくられ一般的傾向で判断されるが、個々人にとっては異なる場合がある。一人ひと りを大切 にされていないようで、サンプル当事者としては、めったにないこととして外され不運だと思うしかなく、やりきれない場合もあるだろうが。
Dec 2
私の日々の最大の関心事は、我が家での発電量である。太陽光パネルの仕様は5.98KWとなっているが、提案書での年間発電量見込 みは 6.32KWである。この予想と実際では、どのくらい変化があるか関心がある。その取りかかりの11月末締めとしての一ヶ月間の発電量のデータは 435KWと出た。予想量は379KWなので、約15%増の成績である。また、電力の自給率は83%であった。予想以上の数値で満足できるス タートであった。
もちろん日々の天気によって、発電量は大幅に異なる。晴れの日は有利である。曇りでも、日射が雲経由で来るので、晴天の日の半分くらいはある こともある。一方、雨の時はほとんどない。気象庁では昨日までの過去のデータを出している
http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/
このデータでは気温のほかに日射量も出ているので、それをもとにいろいろと分析してみると、今年の11月は、昨年ほどではないが日射量はやや 多めとか、いろいろなことがわかる。
太陽光パネルは真南は条件は最も良いのだが、東西であると85%程度に下がる。このあたりも、その場所での特有な現象もありえる。だから、 やってみなくてはわからない部分もある。発電量は、想定より多いかもしれないが、少ないかもしれない。しかし、少なければ設備をキャンセルというわけ にもいかない。いずれにせよ、目標値を下回っていると悲しい。何か問題があるのではないかと思うだろう。今月に関しては、目標値を上回ってい るので嬉しい。
Dec 1
教師になりたての頃はゼミに関しての期待はとても大きかった。今の頃は、新規
ゼミ生の募集シーズンで、ゼミ説明会とかゼミ見学会をしている。卒業 論文な
ど書かずに最低ラインで卒業したい人も、今の勤務先ではどこかのゼミに必ず割
り振られ、卒業論文を書くことになる。私は昨年までは少しでも 良い学生をと
りたいと、気合いをいれてゼミ説明会に臨んだものだが、今はそんな気が全くな
い。期待をするとがっかりするから要求水準を低く設定す る。私自身が傷つく
のを少しでも避けようとする自己防衛本能でもある。
勉強のあまり好きでない同じような学生が多い。勉強に対する新たな見方を提供 しようと思って、今年は「超」勉強法をゼミのテキストに輪読した。 (私の教え 方にも問題があるかもしれないが)、自分の問題として捉えてくれないのでやは り無意味だった。ゼミでは本を読むのも、意見を言わされる のも遠慮したい、 ひたすら受け身でいたいという感じだ。本好きな学生はいないわけ皆無ではない ものの、新聞も読まない「文字」の嫌いな学生が多数 である。一方、テレビは 好きなのである。授業に期待していることは、心地よいバラエティ番組や漫談的 なものなのだろう。テレビを見て受け身でいて も、放送局から怒られることは 決してないし・・(笑)。ちょっと待てよと言いたいが、仕方ない。ゼミでは一般 的には双方向型教育が好まれるが、そ れは相手によるのだ。求められていない 双方向教育を彼らに課すのは意味も少ないだろう。教師のほうも徹底的につきあ う覚悟を持たない限 り難しい。いっそのこと、ゼミでも講義スタイ ルにしてしまおうかと今年も悩んでいる。
Nov 30
昨日も記したが、大阪ダブル選挙で橋下氏と松井氏が勝利した。大阪都になったところで何も変わ
らないというようなことが対立候補から言われていた。そういう人は既 存のま
までの恩恵に浴している人ではないかと想像する。地域にも、いろいろな歪みが
出てきているのではないか。都構想は、直ちに完璧とはいかない 解決策かもし
れない。不具合もあるだろう。しかし、早期の段階で全てを明確にすることは不
可能に近い。やりながら少しずつ変えていく。それでも良いから、走りながら
改善していくのだ(これは情報システムの開発手法としても行われるひとつの手法の
「プロトタイピング手法」の考え方と共通する)。
何か積極的に試みようとしている人の足を、他者はひっぱるべきではないと思 う。過去の既成概念の延長では未来はわからないのだ。迷うぐらいのこと は、 若い人に任せるべきだと思う。なぜなら、未来は若い人たちがつくるのだから。 彼らが自ら立てた目標に向かって、一生懸命に頑張る。そうすれば 手に入る可 能性は高まる。 対立候補は、そんなことできるはずはないと言い、相手のことを否定ばかりして 選挙に臨む。選ばれた候補者は、それをやすやすと達成した(多くの事 例があ る)。これはやる気があるかないかのちがいでしかない。やる気のない人が嫌々 やっていたって、どうせできない言い訳がたくさん出てくる。そ して、結局何 もしない、変わらないだけなのは明らかだ。民主党のように、アドバルーンをう ちあげて、事業仕分けをしたけれど結局お金はそれほど出 てこなかったという こともある。だとしても、その心意気やよしと思い、私は若者を応援していきた い。フジテレビの買収をかけたホリエモンもそう で、(その心意気に関しては) 私は陰ながら応援していた。このような基本的な態度が、同世代の大人と私はか なり異なっていると思う。 (この手の主張を書くことによる危険性も感じてきました。いわれなきバッシン グを避けるために、Miketoyの顔写真を控えることにしまし た。)
Nov 29
ツィッターでも、またブログでも政治批判をしているのをしばしば見かける。大阪維新の会の選挙圧勝で私も少し書きたいことがある。大阪市長になる橋下氏は 人なつっこい笑顔とともに、演説が大変うまいので、観客を酔わせる。「議論は尽くします。ただし最終的には数なのです」ともいっていた。そうかもしれな い。若干、私は違和感があるが。
それはさておき、既存政党は大阪都構想を強く批判していた。維新の会の選挙圧勝で、彼らは敗北になったとたんに、大阪都構想を勉強しなくてはならないとどの政党幹部も言い出し た。選挙に負けたら、とたんにすり寄る。大変いじきたないと思う(笑)。それならなぜ、今まで強く大阪都構想について、あまり調べもせずに批判ばかりして いたのだと言いたい。
大阪都構想は私は結束するための争点としてのシンボルでありイメージでしかない。それを理解していないと、枝葉末節のあらさがしになるのではないか。私は変革を求めるチャレンジャーに味方したい。今までも、いつもそうだったような気がするし、これからも変わらないと思う。
Nov 28
もし大学教師をやめるとしても、現時点でその後のことは具体的には何ら決まっ
ていない。肝心な事業の対象は絞り込めていない。そこで何をどうした いのか
という具体的なイメージやビジネスモデルも明確になっていない。だから、それ
までは当然ながら現状のまま継続することになる。
ネットで一般人向けの商品をチームで達成する仕事かなとは漠然と思っている。明確なのは、ともに仕事をする仲間のイメージである。考える力 のある 前向き思考の人とネットワークを組み、社会に貢献したい。志をともにする人と ともに、生活のためということではなくて仕事をしたい。枠組み の既に確立しているところに参加しても良いし、なければ新たに起業しても良い。営利活動で できる自信はないので、NPOとしてやる。しかし、仕事仲間 へのリーチする方法もわからないので、前途は多難である。インターネットでの マッチングができれば良い。共同作業をする 人には、理解力のない人は遠慮願 いたいし、またネガティブ思考の人はさらに嫌だ。対象となりうる人は決して多 くはないと思うが、それができたらワ クワクする未来があるかもしれない。息 子たちも参加してくれたら最高だが。
物理的な作業場所は、とらわれないことが理想だ。かつて、大橋巨泉の言っていた「ひまわり生活」ができると良い。夏はカナダや冬はオーストラリアと、そして春 と秋は日本で生活を楽しみながら、快適な気候、のびのびとした広大 な風景の場に時々に移動して住みたい。インターネットを駆使して仕 事をし、 ネットでのオンラインミーティングはするものの、定期的に仲間と時々フェイス ツーフェイスの密度の濃いミーティングをする。その後は、 あまりベタベタせ ずに、チームは一時解散し、それぞれの家にて暮らし、またネットで共同作業を 続けるといった具合だ。
こんなことを言うのは、やはり現実の裏返しの欲求なのかなとも思う。あたりま えと考えていることは、あえて書いたりしないだろう。現実への欲求不 満をあ らわしているのかもしれない。
Nov 27
私が大学教師になりたての頃の飲み会の席で、私と同じようなキャリアを持つ先 輩の大学教師が、「10年たったら教師稼業も飽きてくる」といってい た。私も10年以上たって教師的な仕事を今と同じような環境では、やりたいとは思わなくなってきているので、同じような感じかなと思う。学生への 教育に関してのみならず、自分自身の研究テーマに関しても、定年後はもういいやという感じである。その後に完全にリタイアするのもシナリオとしてあるが、できれば別のところで活路を見出し、もう少し職業生活を続けたい。大学という組織はもう嫌 なので、それ以外の組織での管理系の軽い仕事かなと思っている。