仕事始め

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仕事始め

正月の暇な時間にネットばかりしていた。外に出るのが億劫になり、ひきこもりモードになった。時間がなまじあると、まずいことに、どうでもよい情報を、繰り返し何度も探したりで、無意味なことに時間消費をする習慣がついてしまう。前向きに言うならば、ひきこもり状態になる疑似体験ができて良かったということだ(笑)。この引きこもり状態が続かないように、なまった身体に鞭を打ち、今から出かける。これから仕事始めで授業がある。授業といっても、この調子では、なまったもの同士での化かしあいになるかもしれないが・・(苦笑)。
言いたいことは、きっかけは重要だということ。場合によっては、周辺でその人の肩を人のぽんと押してあげる状況の設定が必要かもしれない。

新年の抱負を創造する

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新年の抱負を創造する

新年なので、今年の抱負はと言われた場合の用意をしている。マスコミの一般人へのインタビューなどでは、「ダイエットをやりたいと思う」とか、「就活をがんばろうと思う」という類の抱負を良く聞く。このように、「・・と思う」という人の抱負はまず達成されないと思う(笑)。

普通、この手のは三つくらいで作成することが多いだろう。証拠はなくても、断言したほうが新年の誓いとしては元気がでる。それから、できるだけ具体的活動に、そして数値目標も入れて、より詳細な活動に分解することだ。
私の場合の抱負はやることであり、その第一は、三月末に任期の満了する仕事のきれいな引きつぎである。ひとつは自治会、もうひとつは仕事関係での文部科学省からの三年プロジェクトである。
第二は、今一度の気持ちを取り直しての今の仕事に対する別の角度からのチャレンジである。昨年は、がっかりすることの大変多い年だったが、それをふまえて、今年は何とかそれをも受け入れて、何とか新たな活路を見出す。
第三は、ブログ書きである。1年間365本はパーソナル部分を書き続け、そのあとは次のステージに向かうのだ。太陽光発電関連の話題にのみ絞って、Bblogかはてなブログに移す準備をしはじめた。

どれも難易度は高くない。二番目が、やや難かなといったところ。これらを含めて、年間のHEARとしてのアクションリストにおとしていく。

電気の使い過ぎ

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電気の使い過ぎ

一昨年の大晦日に、ブレーカーが二度落ちた。その時の利用方法を反省はしていたものの、今年の元旦の朝にも、また落ちた。真っ暗なところで、ブレーカーの場所を確認し、復旧の措置をとる。ブレーカー主電源スイッチをあげるだけだが。夏にブレーカーが落ちたことは今までない。オール電化の場合では特にであろうが、年末年始の時期にブレーカーが落ちるボトルネックになるのは、エアコン暖房の使い過ぎであろう。

大晦日に居間でテレビを見る。寒いからエアコン暖房をしている。深夜近くの寒い時なのでフル運転である。除夜の鐘のなった後に入るお風呂も、ヒートショックを避ける意味でもあらかじめ浴室暖房をしておく。この間に、IHクッキングヒーターを使いながらお節用の黒豆をコトコト煮ている。これでほぼ限界のようであり、さらにレンジで暖かい飲み物でも飲もうと、レンジをチンしたとたんにアウトという感じだ。もう既に、既定値の6KVAを大きく超えている。

流れる電流がわかれば、必要アンペア数は確定する。既定値を超えたからブレーカーが落ちるわけで、いわば因果関係が比較的はっきりしている。理科で学ぶオームの法則とジュールの法則をもとにした足し算である。例えば、居間のエアコン暖房で10A,別室のエアコンが5A,テレビと照明、冷蔵庫でそれぞれ2A,計6A、電子レンジレンジで約15A、IHヒーターで30A、お風呂の浴室暖房あるいは乾燥で15A、を足すと81Aになってしまう。エアコン以外の電気系のヒーターもクセモノだ。昨年末に買ったセラムヒートも1100Wなので、1100W ÷100V=11A必要である。それからすると、こたつ暖房での電流は1A程度と可愛いものだ。パソコンを電源から使っていて、プリンターを使用する(5-10A)などといったら、さらに困る。実際は、エアコンの立ち上がり時に最大の電力を消費し複雑だ。エアコンの性能曲線により制御されるので、使用電力や電流は単純には把握しにくく最大値で押さえておくべきだろう。今回朝に落ちたのは、それが重なったためであろう。ともかく初期立ち上げ時の同時利用はできるだけ控えて、安定稼働になるまでは要注意である。

年賀メール

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年賀メール

年末年始の頃に、人とのネットワークを考え直す。それは毎年の私の4つの重点項目のひとつ、Rタスク(Relationship)と関係している。年賀状を出すことを媒介として考える、私にとっての「重要な他者は誰か?」という問いだ。年賀状は基本的には「重要な他者」に送るものだと思う。自分が維持し続けたい人間関係は誰に対してか、人は何らかの答えを用意しておかねばならないと思う。

私は1995年頃から、ずつと年賀メールだ。年賀はがきは原則的に使わない。年賀状のようなはがきというハードコピーを使わなくても、「重要な他者」との互いの近況はメールという現代的な手段にて代替することはできるであろうということに基づいている。その対象は、私に万が一のアクシデントのときに(事後でも良いので)、コトを知らせて欲し人のリストでもある。究極は、自分のお葬式のときに来てもらいたい人のリストである。私は人間関係が薄いのだと思うが、前者のメール交信のあるレベルで30人余りで、究極のほうならば片手に少し余る程度だ。

その人とコンタクトをとれることが目的なので、それは必ずしも年始である必要はない。コトはいつ起こるかわからない。それゆえ私のメールアドレスが変われば彼らには必ず連絡する。逆がないとすると、それはそれだけの人だったということなのだろう。ただ、電子メールは関係者全員がメールをしないと機能しないので、結構苦労する。目上の人に対して交流を続けたい人もいた。リストに残したかったのだが、ハガキとメールでの根比べだった。例えば、恩師である。大先生から年賀状が来る。しかし、現代流のメール方式を好む弟子の私の流儀に合わせよというのは躊躇がある。と迷いながらも、長らくお返事し続けたが、数年前からやめた。生意気なやつだと思われているとは思うがしかたない。あえてリストを絞っていく必要もないのだが、今ではメールでコンタクトできる人のみになった。しかし、私がメールでしかメッセージを送らない人でも、ハガキで挨拶状も頂ける。申し訳ないなと思いつつ、その方にはハガキのほうが心地良いのだろうと想像している。この安定した状態に至るまでに10年近くかかった。

はがきを買い、プリンターで印刷しないメールでのご挨拶は、比較的楽でメッセージに専念はできる。とはいえ、それでも大変だ。基本的にはすべて手作業であるから。30余りといえ同一文面で大量印刷した定型処理の方が早かったかも?とも思わなくもない。メールですら、似たような文章の近況報告と定型的なお伺いになってしまっている。私に基因する間違いが発生する時もあるのは、できるだけ避けたい。ということで、今年はこのPosterousブログのURLにて、こちらをご覧くださいにした。もちろん個別に文章を多少は変えて入るが、私の我儘として、近況は参照クリックにてとご容赦を願った。今までは、私のそのような不遜さを許容してくれた人のみがリストに残っている。彼らは、私の人生の節々で、いろいろと協業をした人たちだ。今後も関係する彼らとパーソナルなネットワークをくめれば良いというスタンスである。だから何らかの理由で相手からメール返信がこなかったとしても、私は毎年出し続ける人のリストでもある。今後の増減はあまりないだろうと見込んでいる。

二日目は

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二日目は

私のところは数年前から、香川の餡餅雑煮にしている。その餡餅は、関東近辺ではなかなか手に入らない。近くの餅屋に頼んだのだが、「年末の忙しいときに、あんを入れた餅?なんだそれは?、手間がかかる!」とほぼ必ず断られる。一昨年より新しく開店した和菓子店に特別にお願いして作ってもらっている。私は甘いものが好きなので抵抗は少ないが、それでも最初はぎょっとしたものだった(笑)。

ついでに、おせち料理の写真が右の写真である。 12'2011のNHK「今日の料理」とCookPadを参照のこと
 

(download)

元旦の朝

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元旦の朝

2012年明けましておめでとうございます(Posterousブログの日付は表記ですが、実際は1月1日朝の7時過ぎに書いています)。今年もよろしくお願いいたします。さて、年末の大晦日は紅白歌合戦を見て、除夜の鐘を聞いて就寝。
いつもは、マイペースでのひとり朝ご飯だが、このような時なので、今日に限ってはブログで日常を書きながら関係者が起きてくるのを待っている。元旦の朝は、おせち料理だ。その写真を載せたいけれど、まだできていないので明日に(笑)。

未来に期待?

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未来に期待?

今年の夏に目の手術を受けたということは、実は未来に期待をしていたということだ。まだ先があると思うから、痛みを耐えてまで、手術をした。職業生活もまだ数年あるし、将来に備えたブログの書き残し原稿も控えにたくさん残っている。太陽光発電投資でわかるように損益分岐点の10年は生きるつもりでいる。だからこそ、未来に期待した行動をとっている。もし、あと1,2年の余命だとするならば、ブログはするかもしれないが(笑)、痛みを伴う手術も、太陽光発電投資もしないだろう。

今晩に寝た後には必ず明朝には目覚めることも期待している(笑)。来年の2012年が、引き続き私の目の前にあらわれることを期待しているとしても、それを当然の事とは思ってはいない。ということで、これにて2011年の最後のブログは終えることとしする。

新たな証拠探し

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新たな証拠探し

世の中は仕事納めをしているところも多いが、パーソナルブログは仕事ではないので同じように続ける。年末年始の非日常こそ、ライフログの出番である。仕事納めは死ぬ直前としたい(笑)。

さて来年の私の生活は、もしサバティカルにいけていれば、様変わりしたはずだ。しかし、それはなくなったので、今年と同じような来年が待っている。それはそれで決して悪くはないのである。命に別段なことあるわけでもないし、生活ができなくなるわけでもない。研究や単著執筆のプレッシャーもない。ただ、より魅力的な機会を逸したと言うだけで、決して深刻な話ではないとなぐさめる。そして、行かなくて良かった証拠をこれから見つけだすのだ。

例えば、ブログで社会批判をするネタが増えたとか(笑)。イソップ物語で、狐が手の届かなかった葡萄に対して「あの葡萄はすっぱい」と合理化するのと似ている(笑)。端から見ると同じようかもしれないが、これから証拠集めのための活動を進めていく(何もしないと何も変わらない)ので必ずしも同じとは限らない。それが私のライフスタイルである。

流風さん

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流風さん

数ヶ月前にネットサーフィンをしていて、たまたま何かのキーワードにヒットして見つけブックマークをした、それが流風さんのブログだ。私に、ブログに関して最も影響を与えた人である。http://ryufuu.cocolog-nifty.com/about.html。ブログが世の中で注目され始めた2005年4月頃より、まめにほぼ毎日ブログ更新をしている継続力に深く敬意を表したい。通算すれば、数冊の本にも値する量で、実にたいしたものだ。単に、期間だけではなく、書かれている内容に関しても学ぶ事が多い。いろいろと他者に気遣って書いているメッセージは常に明快だ。

この数日間の隙間時間に、彼の記した六年半あまりのブログを数日かかってほぼ全部流しながらブラウズした。表現方法や感性も似たところもあるのではと想像しながら、とても興味深く読んだ。明示はしていないが、私と年代も近いかなと想像している。もちろん私と考え方で一部異なるところもあるが、それはそれ。私と異なり、文才はあるし、さりげなく古典を引用するなど教養も深い。
私も流風さんのようにしておけば良かったかなという参考になる点は少なくなかったので、今後書くことになどに多少影響されるかもしれない。しかし、当面は私の流儀でやる。私は頑固者だから・・(笑)。私は1年間は続けるつもりだが、この流風さんほどは続かないだろう。しかし、モデルとなる具体的な目標があると、こちらも行動しやすい。

「ロハス・ライフ」と「理不尽との戦い」がテーマのブログ

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「ロハス・ライフ」と「理不尽との戦い」がテーマのブログ

あまりにもあたりまえの自分自身でわかりきっている主張をブログに書いても「やらされ」感があり面白くない。一方、商売だと面白くないなどと贅沢なことは言っていられない。私にはページビューを競っているようなブログは、相手に媚びへつらっているような気がする。私は他者へのご機嫌伺いではなく、書くことによって、自分自身に新たな発見のあるようなブログを書きたい。 自分自身の発見こそがメインである。他者に役立つものであればなお良いが、それはあくまでサブ的な目的である。サブだけでメインなしでブログを書くことはしないと思う。

そのテーマについてである。政治のことや文学評などをハードな内容を書いているブログがある。私はそれらについて書くことにさほど関心はない。ツィッターでも、TPPや消費税増税問題に対する政府の対応などを含め社会批判を含む主張をよく見かける。私も意見はないわけではないのだが、あえて記すほど詳しくはないし、裏付けをとる努力までしたくはない。外野の読者としてみた私の感想をひとことでいうと、社会批判は元気が出ない。どこか遠くの別の国で起こっていることのような距離感すら感じることがある。もっと、本人らしいメッセージはないのかなと思う。そのようなソフトをブログで書き綴りたい。かといって、直近の仕事に関係することは、他者を傷つける可能性があるので避けたい。笑い飛ばすのも、自分のまわりのみに限定したい。書いても、それほどワクワクしない内容は避けたいのである。

この間のほぼ毎日の250本近くのブログ記事を振り返ってみて気づいた事がある。気ままに書いてはいるものの、多く記している内容は、私の関心の高いものである。それを強引にまとめるとするならば、「電気を使いすぎないロハスな暮らし」、「理不尽との戦い」であろう(今日の新聞に、伊集院静さんの「続大人の流儀」の広告コピーが出ていた。「世の中の肌触りを覚えるには、理不尽と出会うのがいい。ひとつひとつを乗り越えていけば、笑い話にさえなる」とのこと。面白そうなので読んでみたい。)この2つが私がパブリックなブログにて記すジャンルであり、テーマだということに気づいた。その種のことならば今後も楽しく書き続けられるだろう。

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