Jan 12
同僚のある先生が、いろいろな雑務があって忙しくて死にそうだといっていた。他にも似たようなことを言う先生もいる。前の大学で、私が会社員出身だというと、「大学と会社員生活とどっちが忙しいですか?」と問われた事がある。暗に、「大学のほうが忙しいですよ」という返答を期待していたのだと思う。
私に限って言えば、全く忙しくない。こんなに自由にできる世界は、企業人からすると天国のようなものだ。どのような職場であれ、いつもいつも忙しい忙しいと言い続ける状況に至るには、いろいろな理由が考えられる。仕事の優先順位がつけられず、仕事の要領が大変悪くなっているのだろうと想像する。
それは共同作業をする会議に同席してみると、すぐにわかる。忙しいとは、自分で決められないから保険仕事をせざるをえないのだろう。誰かがリスクをとることをすれば、仕事は減るのにと思う(それは通常は責任ある地位にある人である。必ずしもトップである必要はない)。集団無責任体制の組織であると仕方ないのだが。管理能力のない人が管理者をしているということもある。担当者の事務処理能力が著しく欠如している場合もある。集団無意識としての文化もあるだろう。
しかし、それでは楽しく仕事はできない、少しは「やり過ごすこと」を検討したらどうかと思う。私にアドバイスを求められればするが、余計なおせっかいはしないでおくのが平和に暮らすための大人の作法である。
Jan 10
1年前の今頃に外構工事が完了した。あれから1年、色がくすんで床面など見栄えがしなくなってきている。家も5年以上たつのでなおさらだ。言い過ぎかもしれないけれど、ご近所さんの新築の家の外壁なども同様に見える。風雨にさらされ、当初あった「輝き」がなくなってきている。前向きに言うならば、それだけその場にしっくりとくるようになってきたということである(笑)。「輝き」の実態は何だろうか、光ることだろうか、艶だろうか。このようなことは、人間についても同様に言えるのだろうか。年齢より若々しく見せたがる人が多い。私たちは「若い」ということを尊び、「老い」を悪と見なす西洋的な価値観に染まってしまっているのだろうか。