Jan 25
卒論指導風景
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他大学のある先生がツィッターで昨年9月5日に、次のようにつぶやいていた。「卒論相談の学生がつぎつぎとくる。夏休みだというのにえらいなぁ。」と。私にとっては、信じられない!! であった。これはもしかしら、三年生かもしれないなとすら思う。そうだとしたら、本当にえらい!
私に関していえば、上記のような卒論の相談らしいものは全く受けていない。期末試験として実施した昨日の卒論の口頭試問は、数名が欠席だ。最終提出締め切りは今月末としている。今の段階でも、完成していないからなのだが、指導教員の私に1ページも見せていない。間接的に聞くところによると、リタイアしたわけではないようで、まだ卒論の単位取得をあきらめていないようだ。彼らはともかく卒業したいのだろう。言葉を変えるならば、もう勉強したくないのだ(私に言わせると、勉強をしていないのに関わらずだ。おそらく彼らは勉強しているつもりなのである)。どうせ最後は、締め切りの前日にWikipediaごっそりコピーの卒論が出てくることは、ほぼ確実である。それを提出して勉強したと主張することだろう。質問をすると無論ボロボロである。「勉強」の意味は食い違ったまま学校教育を終えるのだろうか。
この子たちの将来はどうなるのだろうか。「どうしたの?」と聞くと、「忘れてました。すみません」というのが常である。「たるんでいる!」とか、「これではダメだ!」といっても、「すみません」の一点張りで食らいつく、この不屈の粘り強さは素晴らしい。世間で通用するかどうかはわからないが、私も見習いたいくらいである。勤務先の名誉のためにも言っておく必要があると思うので、これは私の周辺だけの特殊な現象だと信じたい。私自身は、腹をくくっているので、ウジウジと悩みはしないのだが・・。
