年賀メール

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年賀メール

年末年始の頃に、人とのネットワークを考え直す。それは毎年の私の4つの重点項目のひとつ、Rタスク(Relationship)と関係している。年賀状を出すことを媒介として考える、私にとっての「重要な他者は誰か?」という問いだ。年賀状は基本的には「重要な他者」に送るものだと思う。自分が維持し続けたい人間関係は誰に対してか、人は何らかの答えを用意しておかねばならないと思う。

私は1995年頃から、ずつと年賀メールだ。年賀はがきは原則的に使わない。年賀状のようなはがきというハードコピーを使わなくても、「重要な他者」との互いの近況はメールという現代的な手段にて代替することはできるであろうということに基づいている。その対象は、私に万が一のアクシデントのときに(事後でも良いので)、コトを知らせて欲し人のリストでもある。究極は、自分のお葬式のときに来てもらいたい人のリストである。私は人間関係が薄いのだと思うが、前者のメール交信のあるレベルで30人余りで、究極のほうならば片手に少し余る程度だ。

その人とコンタクトをとれることが目的なので、それは必ずしも年始である必要はない。コトはいつ起こるかわからない。それゆえ私のメールアドレスが変われば彼らには必ず連絡する。逆がないとすると、それはそれだけの人だったということなのだろう。ただ、電子メールは関係者全員がメールをしないと機能しないので、結構苦労する。目上の人に対して交流を続けたい人もいた。リストに残したかったのだが、ハガキとメールでの根比べだった。例えば、恩師である。大先生から年賀状が来る。しかし、現代流のメール方式を好む弟子の私の流儀に合わせよというのは躊躇がある。と迷いながらも、長らくお返事し続けたが、数年前からやめた。生意気なやつだと思われているとは思うがしかたない。あえてリストを絞っていく必要もないのだが、今ではメールでコンタクトできる人のみになった。しかし、私がメールでしかメッセージを送らない人でも、ハガキで挨拶状も頂ける。申し訳ないなと思いつつ、その方にはハガキのほうが心地良いのだろうと想像している。この安定した状態に至るまでに10年近くかかった。

はがきを買い、プリンターで印刷しないメールでのご挨拶は、比較的楽でメッセージに専念はできる。とはいえ、それでも大変だ。基本的にはすべて手作業であるから。30余りといえ同一文面で大量印刷した定型処理の方が早かったかも?とも思わなくもない。メールですら、似たような文章の近況報告と定型的なお伺いになってしまっている。私に基因する間違いが発生する時もあるのは、できるだけ避けたい。ということで、今年はこのPosterousブログのURLにて、こちらをご覧くださいにした。もちろん個別に文章を多少は変えて入るが、私の我儘として、近況は参照クリックにてとご容赦を願った。今までは、私のそのような不遜さを許容してくれた人のみがリストに残っている。彼らは、私の人生の節々で、いろいろと協業をした人たちだ。今後も関係する彼らとパーソナルなネットワークをくめれば良いというスタンスである。だから何らかの理由で相手からメール返信がこなかったとしても、私は毎年出し続ける人のリストでもある。今後の増減はあまりないだろうと見込んでいる。

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