Dec 21
気遣ってくれた人の存在
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気遣ってくれた人の存在 |
年内最後の教授会が昨日終わった。年内の私の担当授業も終わり、すべきノルマを終えた年内の最終出勤日で、今はリラックスである。さて、理不尽なことをおかしいと主張する人は必ずしも多くはない。二ヶ月前に私は勇気を出して、その場で意見したが、私が意見したことを人々は忘れていくだろう。しかし、私にとっては忘れられないことだ。なぜなら、私の近未来の約5年の行方をがかかっていたからである。確かにストレスは、時間とともに和らいでは来ているが、決して解消はしていない。足を引っ張った張本人とおぼしき人を見ると、やはり腹が立つ。いつか仕返しをしてやるーー(笑)と思わないわけでもない(大人の対応なので、もちろん行動することはないが)。
職場でも7人くらいの人が私の主張や気持ちを理解してくれて、何らかの声をかけてくれた。嬉しいことだ。自分も意見を言おうと思ったのだが、自分の昇進もかかっているので、その場での発言を控えたけれどというような人もいた。その人たちの気持ちは十分に分かる。私は、今は失うものはない。だからこそ、言わねばならないことに関して意見をいうことができる。また、たとえクビになっても何とか生きていける見通しがあるので、居直ることができる。だから、この間に少なからずの応援してくださった方々に心から感謝したい。
私は派閥的なグループの集まりを否定していた。このようなグループ分けを派閥というのなら、決してつるんでいるわけではないのだが、やはり私は反ファシズムのリベラル派の派閥に属していることになるのだろう。孤軍奮闘であるとつらい。誰からもレスポンスがないとするなら、やはり私の考えは偏りがあることになる。考えてみると、声をかけてくれた人々は意見を表明する人で、私からみても民主的な態度を持つリベラル派と見える人たちだけだ。保守派の人たちは、その仲間通しで固まって、忘年会などの席で、あいつらは仕方のないやつだなと批判をしていることだろう(笑)。
