駅のロータリーでの自己中

From Evernote:

駅のロータリーでの自己中

世の製品やサービスの流れは「自己中」を許容する世の中になっているようだが、それでは他者として困ることもある。
勤務先のある駅でのロータリーである。バスが頻繁にくるので、駐車禁止区域である。そのような状況にもかからず、自家用車を停車し、自らの子と思われるに少しでも歩く距離が少なく便利なように送迎する親の車が結構いるのだ。後続の車が待っているにも関わらず、もたもたしていて、待ち時間が長くなる場合もしばしばある。私は不満である。あまりに自己中すぎないか。それを周りの人たちは甘やかしてはいけないのではないかと思うのだが。私が後続の運転手なら、ブッブーとクラクションを鳴らすだろう。しかし、バスの運転手は、慣れているせいか、心が広いのか待っている。

子どもを駅まで送るのは良いが、もつと手前の停車可能なところで乗り降りをさせるべきではないか。私なら、子どもには、少しくらい遠いところからでも歩かせると思う。このあたりの認識の相違だろうか。自分一人くらい良いだろうという心だ。私も少しでも近くにという気持ちは十分に理解できるが、それはまずいと思う。そのような態度をのさばらさせてはいけないとすら思う。そのようなことをする人は、(日々の送迎風なので)常習者のような気がする。データをとっているわけではないから、証拠があるわけではないのだが。

少し観点が異なるが、自分の持つ資源だけでなく、公共的なものも無駄に使って欲しくはない(もとはといえば、税金で出ているのだ)。しかし、自分が支払うのでないとなると、とたんに使いだす人はいる。職場でのエアコンなどの電気などはその典型ではないかと思う。少ない人数しかいない広い部屋に、(一人でも)平気でエアコンをガンガンに回しっぱなしにする。多分家庭では、そうはしないと思うのだが(生活感覚のない人はするかもしれないが)。

言いたいことは、自分一人くらい良いだろうなどと思ってはいけない。そのつけは他の人にくるし、迷惑している。だからこそ、皆さんルールを守ろうというお説教である(笑)

About