Oct 20
誰のための主張?
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誰のための主張? |
大学での意思決定機関である教授会の席で、私は「透明性」の不足に関して意見した。「透明性」の意義は民主的な場であれば大勢は支持される考え方だと思う。内容は、申請却下に関する趣旨の透明性、評価の透明性、手続きの透明性についてである。意見しても事態は何も変わらないことは私にもわかっている。逆に、目をつけられて今後の活動にマイナスの効果さえある。しかし、あえて意見を主張した。誰に訴えたかったか、具体的には差し控えるが、たくさんの人々にである。自分の人間としての筋は通す主張ができて良かった。私はわかってもらえる人にだけわかってもらえればよい(実際に、何人かは私の事情を理解してくれた。ありがたいことだ)。
このブログを書くこともそうだ。不特定多数の知らない人にわかってもらう必要もないし、相手も関心もないだろう。息子たちにいつの日にか、親父は要領の悪い生き方をしていたなと批判されるのを待ち望んでいる。そのような何らかの反応がもし今後あるのならば、私も報われる。
今回の件は、その公開の場で話したことでかなりすっきりした。しかし、滅多に遭遇しないこのようなリアルな葛藤処理の問題は、他の方にもレッスンとして意味があると思うので、あと数回ほど書かせてもらいたいと思う。
