Sep 24
小学校での作文
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小学校での作文 |
作文は大嫌いだった。誰のために書くのかが不明だったこともある。それが評価する人のために書くのだとということがわからなければ成績は良くならないのだろう。中学くらいから、作文を書く頻度が減ったのでうれしかった。社会人になると全くなったので天国だ(笑)。評価する人のために書くとなると、ごますりになったら、ウケ狙いになったりする。私の場合は教師の評価に疎かったので、自分勝手に書いていてあまり成績は良くなかったと思う。試験のできる人は、採点者や問題作成者の意図を容易に推察する。そのような想像力は、社会の現場では重要だろう。だからと言っては言い過ぎかもしれないが、国語の文章題のできる人は、コミュニケーション力に優れていると思う。一方、それができない人は、文章で何を言っているか理解できないし、微妙なところまで読み取れない。感受性でもあるかもしれない。
先に述べたように、私自身が若かりし頃はそのあたりで損をしていたことが多かったと思うのだ。だから自戒を込めてというわけでもなく、基本としての国語力を高めることはもっと追求されて良いのではないかと思う。私は大学の教師なので、レポートを求めることもあった(今はしていない)。その時には、私(教師)のために書くのではなくて、(卒業論文もそうなのだが)レポートの宛先は自分自身のために書くもので、その写しを私にちょうだいねと言っている。あまり見る気もないよということだったりして・・(笑)。
