Sep 9
新自由主義批判について
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新自由主義批判について |
家族の在り方や親子、あるいは夫婦の在り方など、人の数だけ主張があるのではないか。それをいくつかの共通するセグメントにまとめあげるのは一苦労だ。だから、どのような考え方でも批判の対象になりうる。ヒトや社会に関しての真実は本当はないのかもしれないとすら思う。だから「思想」なのである。新自由主義もその限りではない。実教出版の「高校政治経済」新訂版の教科書によると新自由主義は、政府への経済の介入を批判し、自由主義への復帰を主張するもの。規制緩和や民営化による「小さな政府」の道を進めば、格差社会へ移行すると解説されている。
私もそんなに勉強していないので誤解もあるかもしれないが、誰にとっても適切な介入はできない、それならば人類を信じて自己組織化に委ねようという考え方ならば賛成である。しかし、私の師匠のひとりは、この新自由主義に対して批判的である。だから、その関係のことはタッチーな話題なので、会話ではあまり口にしない(苦笑)。 アドラー心理学の健全なライフスタイルという「思想」は、広く受け入れられるもののひとつではないかと思っているので、ここで披露したい。それは、自分自身を好きである(自己概念)。自分を取り巻く世界を好きである(世界像)。その世界に対して、私は貢献できる(貢献感)。この三側面が「健全(望ましい価値であり、思想である)」なライフスタイルを形作る。平たく言うと、その3つが幸福に生きるために必要だと考えよう、そう扱うほうが便利だよと主張する。
私もそんなに勉強していないので誤解もあるかもしれないが、誰にとっても適切な介入はできない、それならば人類を信じて自己組織化に委ねようという考え方ならば賛成である。しかし、私の師匠のひとりは、この新自由主義に対して批判的である。だから、その関係のことはタッチーな話題なので、会話ではあまり口にしない(苦笑)。 アドラー心理学の健全なライフスタイルという「思想」は、広く受け入れられるもののひとつではないかと思っているので、ここで披露したい。それは、自分自身を好きである(自己概念)。自分を取り巻く世界を好きである(世界像)。その世界に対して、私は貢献できる(貢献感)。この三側面が「健全(望ましい価値であり、思想である)」なライフスタイルを形作る。平たく言うと、その3つが幸福に生きるために必要だと考えよう、そう扱うほうが便利だよと主張する。
私は教師の立場上、自分の専門でもない分野で価値を扱うものに対して、できれば強く主張をしたくはない。しかし、どのような教師も生徒や学生指導するときに、必ず自分の生徒観のような価値が入っているはずだ。ただ、それを明示していないだけだと思うのだ。
