「超」整理法の古いところを改善する

From Evernote:

「超」整理法の古いところを改善する

エバーノートはまさに、情報の「超」整理法版とでもいえるだろう。
「超」整理法(中央公論社、1993年刊)の提唱者である野口悠紀雄氏は、私の師匠の一人である(その後に「超「超」整理法 知的能力を飛躍的に拡大させるセオリー」という続編が2008年に講談社より出版されている)。氏提唱の「超」整理法手帳も10数年使用していて、今後も使い続けると思う。一方、世の中には、「超」整理法を批判している人もいるが、私は、明らかに圧倒的な支持者であり、マイナーな手段の部分に若干の改訂を提案したい程度である。それは本を読んだ当時から今日まで違和感を感じていた点、知的生産活動に関する具体的方策の2個所である(今では、師も一部は軌道変更をしていると思うので、指摘するまでもないと信じている)。
第一はメールのタイトルは日付で管理すべきだという主張である。著名人はともかく、自分中心で世の中を動かせる人は多くはない。やはり交信する相手の読みやすいように気を配り、メールのタイトルは決めていく必要がある。複数人数でのプロジェクト等だとなおさらである。第二の点は、検索にはGrepコマンドをつかうのが望ましいというようにも主張されていた。これに関しても、100%完全かどうかはわかないが、システムの検索機能の成熟に任せればよいと考える(決して師匠を批判する意図で書いているわけではないので、誤解のないように)。検索は、Windowsシステムソフトやアプリケーションに任せて、コマンドインターフェースを使うのは控えたほうが、間違いも少ないと言いたいだけである。当時は、検索のための適当なツールがなかった、あるいはあったとしてもソフトウェアの成熟度に大いに問題点があったということもある。コマンドラインによるインターフェースは、今では使える人のみ使えばよいというのが私の主張である。

いずれにせよ、師匠の視点は偉大であった。オピニオンリーダーとして、ユーザーの視点からの使い勝手に関してもその後のソフトウェア開発に大きく影響を与えたものと確信している。エバーノートの開発者にも、また昨日読み終えたゴードンベル他「ライフログのすすめ」ハヤカワ新書,2010刊にも、何らかの影響を与えているのではなかろうか。
野口大先生といえども、神様ではない。その時代の制約をうけながら生きていった人である。私も当然そのような一人である。道具が人々の意識を規定する場合も少なくないこともあり、その時代で利用可能な一般的な道具からの制約を超えるのは意外と難しいし、今後もそうだろうと思っている。

About